04
「ちょっとした取引で手に入れた物よ」
そう言いながら、ヒースコートは両腕を変化させる。鋭く太い爪を生やした、
猛禽類の足のような形だった。それを見て、オズバルドは小さく吹き出す。
「毒が消えて、調子を取り戻したのか知らないけどな。
おまえさん、オレとやりあうつもりかい」
「そうね。アタシも本調子で戦うのは久しぶりなの。是非、お手合せお願いしたいわ」
「へえ。それじゃあオレも、久々に運動でもしようかねえ」
どこまでも、ヘラヘラと締まりのない顔で笑うオズバルドに、ヒースコートが襲いかかる。
背中の四枚の翼を使い、凄まじい速さでオズバルドに突っ込んでいく。ただの魔物であれば、
その動きに目が追いつかず、すぐに切り刻まれていた。しかし、
「さすが、雷速のヒースコート様だ!」
鋭い爪の生えた両足が迫り来るのを見て、オズバルドは素早くその場を跳躍した。
魔王の彫像に、力強く爪を当てたヒースコートは、翼を羽撃たかせて急上昇すると、
一気にオズバルドとの間合いを詰める。交互に迫る、両腕の爪を避けながら、亀裂の入った魔王の左腕を見て、
オズバルドは軽い声で、嗜めるように言った。
「おいおい、ヒースコート。魔王さんに失礼じゃないか」
「あら、ごめんなさいね」
ヒースコートの金色の目は、赤く染まっていた。オズバルドの目も、いつの間にか赤く染まっている。
両者とも昂ぶりを抑えきれないでいるらしい。同格の魔物同士で起こる戦いは、主に魔力結晶を奪い合う為だ。
力を求める魔物の性からは、魔将も逃げられない。
オズバルドが空中で右足を旋回させた。うねりを上げながら、風を纏って繰り出された蹴り技に、
ヒースコートは両腕を交差させてその攻撃を受け止める。骨が軋む。僅かに顔を顰めると、そのまま湖へと落ちていった。
激しい水飛沫が上がる。オズバルドは、静かに魔王の彫像へと降り立った。と、すぐさま、水の中から飛び出してきたヒースコートに、
彼はニヤッと唇を釣り上げて笑った。左足を浮かせて、オズバルドは強烈な回し蹴りをお見舞いする。
ヒースコートも猛禽類のような足を振り上げて、その蹴りを受け止めた。互いに組み合ったまま、動かない。
その次の瞬間。オズバルドはヒースコートに横面を殴り飛ばされた。魔王の下部の翼に激突する。
白い煙を上げながら、崩れてくる破片を払い除け、オズバルドは口元を拭った。
深く切り裂かれた頬が、皮膚を繋ぐ音を立てながら再生する。
オズバルドは、その再生も終わらないうちに、力強く翼を蹴り付け、その勢いを利用して、
ヒースコートへと距離を詰めた。跳躍しながらヒースコートに向かって、華麗に回し蹴りを繰り出す。
しかし、ヒースコートは大きく身を反らして、オズバルドの蹴りを上手く避けた。その為、
勢い余って魔王の上部の翼を粉々に砕いてしまう。「ああ!」と声をあげるオズバルドの視線の先で、
音を立てながら、破片や瓦礫となった魔王の一部が、湖の底へ沈んでいく。激しい水飛沫の後、
湖面に波紋が生まれた。
「……相変わらず、ちょこまかとよく動く奴だ」
「アンタも、相変わらずの馬鹿力じゃない」
そう言いながら、ヒースコートが猛禽類の様な右腕で、引っ掻く様に宙を薙いだ。
その途端、幾つもの白い刃へと変化した風が、オズバルドに襲い掛かる。腕を交差させて、
その攻撃を耐えていたオズバルドに、ヒースコートが猛然と突っ込んでくる。左腕の爪を振るい上げて、
オズバルドに飛びかかった。オズバルドが拳を握って、迎撃する。
――打ち負けた!
鋭い音がぶつかり合い、よろけたのはオズバルドだった。
血の尾を引いて、引き裂かれた右腕が、ノーフォーク湖へと落ちていく。
滝の様に血の流れ出る腕を見ながら、オズバルドが大きな声で笑った。
「つるんでいたら、強くなれねえと思っていたが。いやはや、おまえさんには脱帽だ」
「つるむから弱いなんて、そんなの弱者の言い訳よ」
ヒースコートがオズバルドの前に降り立った。
間近でヒースコートの左腕を見たオズバルドは、「なるほど?」と不敵に笑いかける。
「妙な魔力を纏ってやがると思ったら、そういうことか。おまえさん、ラストに傅いたな?」
「アタシは誰の物にもならないわ。ただ、確かにこの腕を繋ぎ留める物は、ラストの魔力結晶だわね」
左腕の付け根が、尚一層強く輝く。そう思った時には、既にヒースコートは眼前にいた。
そう思った時には、オズバルドの首は撥ね飛ばされてしまった。
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