03


 それは、月の無い夜のことだった。
 ノーフォーク湖に浮かぶ、巨大な魔王のもとを、オズバルドは訪れていた。
 その魔王の左肩に立ちながら、オズバルドは何も語らぬ白い瞳を眺め、語りかけていた。

「ねえ、魔王さん。あなたが命を賭して封じたラストは、もうすぐ自由になるよ」

 足元では、風もないのに湖面に波紋が浮かんでいる。
 その更に下の方で、赤い二つの光を持った黒い影が、ゆっくりと動いていた。
 なかみが半分しか無い状態だが、時間を掛けてゆっくりと吸収した魔力結晶のお陰で、
 それを補う程の力を取り戻している。目覚める時は、もうすぐそこだろう。
 オズバルドは、ゆっくりと魔王の横顔を撫でた。

「ねえ、魔王さん。……あなたは、一度だって俺に気付いてはくれなかったね。
あなたにとっちゃあ、俺は弱過ぎて、あなたの目には映らなかったんだろうねぇ。
強者は強者としか、渡り合うことも解り合うことも出来ないのは、当然の摂理なんだろうねえ」

 冷たくて、硬いその顔は、もう何も語ることはない。

「あなたが愛していたシェリーも、今は別の男と生きている。
相手はこともあろうに、混血ハーフブラッドだ」

 非難するように言ったオズバルドの、青緑色の目が暗い光を帯びる。
 オズバルドが寂しそうに唇を歪めた。

「魔王さん。あなたは、一体何のために死んだんだろうね」

 そう語りかけ、オズバルドはゆっくりと頭上を見上げた。
 四対の翼を羽撃たかせて、魔王の頭に降り立つ魔将がいる。ヒースコートだ。
 オズバルドは、それまで憂いを帯びていた表情から一転し、へらっとした愛想笑いを浮かべた。

「よう、ヒースコート」
「こんばんは、オズバルド」

 腕を組み、こちらを見下ろすヒースコートの姿は、いつ見ても苛々させる。
 余裕ぶった顔付きや、こちらを見下す様なその目つきが、オズバルドはいつも不快だった。
 けれども、それを感じさせない笑顔を見せる。

「んん? どうしたんだい、その腕は。生えたのかい?」

 ヒースコートの左腕は、肩の付け根からまた存在していた。それに、以前出会った時よりも、酷く調子が良さそうだ。
 毒の気配も無くなっていた。いや……と、オズバルドは直感する。

――嫌な気配を纏ってやがる。

 彼の纏う魔力は、ノーフォーク湖に眠るラストと同化しているように。
 以前とは比べ物にならない程の圧力を放っていた。それでも、オズバルドはへらへらとした、掴み所の無い笑顔を絶やさない。



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