02


「こちらには、ラスト様がお持ちになる、魔力結晶の一部が埋め込まれております」

 クロードは微笑んだまま、その腕をこちらに向けて、距離を詰めてくる。ヒースコートは立ち上がった。
 背中の翼を広げて、エルダを完全に隠す。

「魔王になられることも容易かった、あのラスト様の魔力結晶なのです。
欠片とはいえ、その強さやお力は、嫌でも感じられるでしょう。こちらをお使いください。
さすれば、あなた様を蝕む毒など、一瞬で消し去ってくれましょう」
「ラストは何世紀も前に封印されているじゃない。いつ、魔力結晶を抜き取ったのよ」
「ラスト様は聡明なお方です。万が一に備えて、魔力の一部を、分けておられたのです。
この魔力結晶は、そちらの魔力を固体化したものでございます」
「ふん、」

 ヒースコートは鼻を鳴らした。

「敬愛する主君の結晶を利用して、アタシに授けようっていうの?
アタシに何をさせたいのかしら」

 警戒心を強めるヒースコートに対して、クロードはどこまでも穏やかな表情を崩さなかった。

「ノーフォーク湖へ向かって頂きたいのです」
「ラストが封印されている湖に? 何故」
「近頃、湖の周辺で怪しい動きをする魔将がいるのです。
私は勿論、ただの魔物では到底相手になりません」
「なるほど? 同じ魔将であるアタシなら、その魔将を片付けられるってこと。
アンタ、このアタシを利用するつもりなのね。舐められたもんだわ」

 吐き捨てるように言うヒースコートに、クロードは続けた。

「あなた様は、エルダお嬢様を守りたいとお考えでしょう。
しかし、隻腕に加えて毒を抱えていては、この先、満足にお守りすることも叶いません」
「……」

 ヒースコートの顔が、どんどんと険しくなっていく。クロードはにっこりと微笑んだ。

「それとも、毒を消し去っても、腕が無ければ満足に戦えませんか」
「悪いけど、その挑発には乗らないわよ」
「挑発ではありません。前置きというものでございます」

 張り付いた仮面のような、真意の見えない笑顔を浮かべたまま。

「こちらは、東の岩山を支配されていた、群れ長殿の左腕でございます。
他の魔物の腕よりも、ずっとヒースコート様に馴染み易いかと愚考します。
必ずや、あなた様のお力になりましょう」

 その言葉に、ヒースコートは唇を釣り上げて微笑みかけた。

「……ねえ、アンタ。一体、どこまで把握しているの?」

 クロードは目を細めた笑顔を浮かべたまま答えた。

「さて。どこまで、とは?」

 はぐらかすような答えに、ヒースコートは訝しむような顔をする。
 それに触れることもなく、クロードは続けた。

「ヒースコート様。どうか、ご決断を」



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