01
【Sadness of a certain man−ある男の嘆き―】
When I noticed, I am already beyond cure.
I heard it so that such words, an ear rotted.
Though I thought that it was a fixed expression when I regretted it,
I did not even think that indeed oneself sensed it bodily. When I noticed,
I am already beyond cure. Both I and you seemed to dance on a palm all the time.
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水無月の香水草の日。
とある岩山に、ヒースコートはエルダといた。朝から、土砂降りの雨が降っている。
雨水を吸い、重たくなった翼では軽快に飛行が出来ない為、彼らは天露を凌げる洞穴の中にいた。
「ヒース様。次は、何処まで行くの?」
岩を伝って落ちる雨水を見ながら、エルダが尋ねた。
「東の岩山よ」
確かそこには、他の怪人鳥達が巣を作っている。
そこの群れ長を倒し、追い出して群れを奪えば、エルダは安全だ。そう考えたヒースコートは、
ふと左腕の付け根を抑える。ずっと昔、シェリーと抗争になった際に焼き払われたのだ。
オズバルドのような再生能力のない彼には、腕の損失は大きな痛手だった。
――加えて、アタシの身体には毒が巡ってる。
自分の群れが全滅になる少し前に、戦った魔眼狼の毒だ。
怪人鳥は総じて、毒の耐性が低い。だいぶ薄めることには成功したが、完全に抜けきるにはまだまだ、時間が掛かりそうだ。
エルダの金色の目が、こちらをじっと見上げている。
「ヒース様、どうしたの?」
「……いいえ。なんでもないわ。雨が止んだら行きましょう」
エルダはもう、だいぶ上手に飛べるようになってきた。あとは力さえ強くなれば、
他所の群れに混じっても大丈夫な筈だ。ヒースコートはそこで、強い魔力を感じた。
右手を伸ばして、洞穴の入口にいたエルダを中へ引っ張る。
「流石、反応が早うございますね」
土砂降りの雨の中。雷光で逆光になってしまったが、そこに誰かが立っていた。
すらりと背が高く、細身の男だった。濡れた足音が洞穴の中に響く。ヒースコートは反射的に、
エルダを自分の陰に隠した。鋭い光を帯びる、金色の瞳で近づいて来る者を睨みつける。
微笑を浮かべた、若い男が立っていた。燕尾服を纏っている。雷鳴が轟いた。
両手を後ろで組みながら、ゆっくりと腰を折る。
「ご無沙汰しております、ヒースコート様。私、クロードと申します」
「……ああ、」
少し考えて、ヒースコートは思い出した。
確か、そんな名前の奴が、ラストの近くにいた。酷く、彼に妄信している男だったように、記憶している。
クロードはにこにこと微笑んだ顔を、再び上げた。
「このアタシに、何の用?」
「……失礼を承知で申しあげます。ヒースコート様は、今、お身体のことで悩んでいらっしゃると、お聞きしました」
クロードは、どこまでも穏やかな口調で尋ねてくる。ヒースコートは眉を潜めた。
「だったら、なによ。今ならアタシの魔力結晶を奪って、ラスト様に捧げられるとでも思ったのかしら」
挑発するように言えば、エルダが不安そうな顔でこちらを見上げてきた。
クロードが小さな笑い声を漏らす。彼は、仮面のような笑みを崩さない。
「滅相もございません。魔将であらせられる、あなた様にそのような、失礼極まりないことは致しません。
それどころか、一つ提案がございまして、この度伺った次第なのです」
そう言いながら、彼は”それ”を差し出した。翼の生えた腕だ。
根元から引き千切れたような腕から、煙のように黒い魔力が噴き出している。
目を凝らすと、そこに小さな欠片が埋め込まれているのが見えた。
その欠片も気になったが、こんなに至近距離にいて、その腕の匂いも気配も感じ取れなかったことに、ヒースコートは眉を潜めた。
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