02


 フランクは腕を更に突っ込んで、女を蔓の中から引っ張り出そうとする。
 しかし、蔓が複雑に絡みついているのかと思ったが、どうやら違うことに気付く。

「くぅ……まずいぞ」

 フラインの肩越しにラインズが女を見る。
 四方八方から伸びた蔓は、女の首や腕に突き刺さっていた。中で更に這わせているのか、
 血管が浮き上がったようになっている。蔓が血管や神経にまで、絡みついているのかもしれない。
 無理に引き剥がせば、彼女の血管が破裂してしまう恐れがあった。

 ラインズは女に絡みつく蔓に触れた。蔓自体に、僅かながら魔力を感じた。
 しかし、ヒトの身体を貫きながらも、表面的な皮膚の損傷は見られない。
 それでも、蔓や彼女の腕に触れてみて、分かったこともある。
 表面に出ている蔓を斬っても、その蔓は既に彼女の体内に張り巡らされている。
 完全に取り除くことは難しい。加えて、彼女には意識こそ無いものの、まだ微かに脈はあった。
 しかし、この状態ではそう長くもない。ラインズは女性から目を離し、周辺の蔓に目をやった。
 所々で、同じように歪な蔓の塊が見える。高確率で、そこに人間が埋まっているのだ。

――とにかく、まずは町と住人の状況を確認することが先だ。

 そう思って、ラインズは振り向いた。

「そろそろ時間だ。集合場所に……」

 続く言葉を、ラインズは口に出来なかった。
 石畳の隙間から伸びる蔓が、フラインをゆっくりと飲み込んでいた。
 目を見開いたフラインの手足に、細い蔓が突き刺さっている。

 ラインズは恐ろしさの余り、その場から動くことが出来なかった。
 仲間が魔物に襲われた時、不測の事態に陥った時の対処を、必死に思い出そうとする。
 しかし、考えれば考える程、魔物ハンターとしての知識が、ぽろぽろと零れ落ちていき、何も思い浮かばなくなる。

 こうして巡回する分隊に配属されて、まだひと月余り。実戦経験も少なかったラインズは、

「ああ、そうだ……」

 と、ようやく思い出した。何かあった時、対処に困った時。
 とにかく、最初は隊長に、隊長がいなければ、副隊長、または分隊長に指示を仰ぐのだ。

「分隊長、ノーマン分隊長……」

 そこで、突如覚えた違和感に背筋を凍らせる。恐る恐る視線を落とすと、右手から蔓が伸びていた。

「う、うわああ!」

 悲鳴に似た声を上げながら、ラインズはライフルを放り投げた。
 そして、左手で毟るように蔓を引き千切る。その瞬間、激痛と共に右手から血飛沫が上がり、
 更にその裂け目から虫のような勢いで、蔓が伸びてきた。凄まじい勢いで伸び続ける蔓は、
 やがて右腕を覆い尽くし、今度は首や顔に伸びてくる。悲鳴を上げながら、左手で蔓を払い続けるも、
 今度はそこから蔓が伸びてきた。あっという間に顔まで覆い尽くし、ラインズは助けを求めるように周囲を見る。
 しかし、そこには誰もいない。

「ふ、フライン! ノーマン分隊長!」

 異常な速度で伸びる蔓と、緑に覆われたフォルダムの町。
 それが、ラインズの見た最後の景色だ。すぐに音を立てて伸びる蔓に覆われ、彼の世界は闇に包まれた。

                     ◆


 フォルダムの町は、夥しい草や蔓に覆われて、満開の花をそこかしこに咲かせていた。
 その草花の中に、ライフルや鎧などが場違いに紛れていても、誰もそれを変だと思わない。

 何故なら、違和感を持つ人間は、もう町には一人もいないのだ。



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