05


 数時間程して、ようやくアリスは魔物を狩ることを止めた。
 周囲に転がる魔力結晶を、一つ残らず拾い集め、それをトランクに詰め込んでいく。

 それから、ようやく屋敷に戻ってきたアリスを出迎えたのは、クロードだった。
 静まり返った暗い廊下の中で、ランタンを手にして、アリスの部屋の前に立っている。

「お帰りなさいませ、アリスさん」

 クロードが扉を押し開くと、アリスはトランクを両で持ったまま、そっと自室へと足を踏み入れる。
 それから、クロードが滑り込むようにして中に続いた。音を立てずに扉が閉まった。

 アリスはシンプルな姿見の前に立った。クロードは、ランタンを本当に小さな机にそっと置いた。
 ぼんやりとした橙の灯りが、鏡面を照らし出す。クロードはアリスの首筋に手を伸ばすと、
 その細く白い指先で、彼女の襟を摘まんだ。首の後ろにあるボタンを外せば、まるで陶器のような白い肌が露になる。
 蝶が蛹から羽化するように、するりと黒いワンピースが腰元まで落ちる。その背中。

 肩甲骨の少し下の辺りにそれはあった。

 四角い蓋のように、縁取りされる場所があった。クロードはそこに手を伸ばして、
 慎重に引っ張った。少し引っかかるような感覚の後に蓋は外れた。その内側から現れたのは、
 幾本ものチューブや部品の山だ。その管を掻き分ければ、まるで鼓動のように脈打つ、男の握り拳程の魔力結晶がある。
 トランクから取り出した魔力結晶をそれに近付ければ、強い力で吸い込まれていく。
 一つ、吸収するたびに、アリスの中に納まる魔力結晶が、大きく躍動した。

 身体の内側を弄っている間も、アリスは何も言わず、静かに鏡の前に立っている。
 その間、クロードも何も話すことはない。この役目は、ずっと昔に主から引き継いだものだった。
 全ての魔力結晶を彼女に吸収させた後は、再び蓋を被せれば終了だ。

 スペアの黒のワンピースに袖を通し、上から白のエプロンを纏い、アリスはいつものおさげ髪へと髪型を戻す。
 最後にホワイトプリムを頭に付ければ、普段通りの侍女の姿になる。
 その姿は、どこからどう見ても、只の人間の女性にしか見えなかった。

「さて」

 ようやくクロードは口を開いた。

「そろそろ、使用人達が起き出す頃ですね。我々も参りましょう」

 いつも通り、貼り付けたような笑みがそこにある。アリスはゆっくりと頷いた。

「今日も茶番を演じなければなりません」

                    ◆
 
 アリスは自室を出ると、クラウディアのいる棟へと向かう。
 目覚めの紅茶を準備して、クラウディアを起こしにいかなければならない。

 地下の厨房へ向かえば、既に料理長やキッチンメイドは朝食を作り始めている。
 アリスはその中で、最も適した紅茶とティーセットを用意すると、きっちり時間通りにクラウディアの寝所へと、ワゴンを押して運んでいく。

 白い扉は、金色の枠組みで八等分に区切られ、その枠組みの中に何かの象徴らしいマークが彫られている。
 その扉をノックしてから、アリスは室内に足を踏み入れた。壁は白地にクラウディアの好きな、
 桃色の花の柄が描かれており、部屋の中には上質な茶色の家具が配置されている。
 花の彫刻が施された暖炉の近くに、白いレースで覆われた天蓋付きベッドがあった。
 そのベッドに陽を差し込む為、アリスは大きなカーテンを開けた。

 天蓋付きのベッドに近付き、アリスはクラウディアに声を掛ける。

「奥様。起床のお時間です」

 そこから普段と同じ、日常が幕を開けるのだ。



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