02


 それから一、二時間程経った頃。至福の時間を過ごしていたエドワードが、

「それじゃあ、そろそろ執務に戻るよ。クロードに任せてきてしまったからね」

 そう言いながら席を立つのを見て、クラウディアも立ち上がろうとしたが、彼は手を上げてそれを制した。

「大丈夫。君はゆっくりしておいで」

 朗らかに微笑みながら、屋敷の中へ向かっていくエドワードを見送り、クラウディアは小さく息を吐いた。
 それから、まるで置物のように傍にいたアリスを見上げる。

「ねえ、アリス。エド様は、ちゃんと休まれているのかしら」
「傍にはクロードが付いております。彼は、エドワード様のお身体を守る義務があります。
エドワード様のお身体が痛むような真似を、許すことはありません」
「それは、エド様はちゃんと休んでらっしゃるということで、いいのね?」
「はい」

 眉一つ動かさずに肯定したアリスに、クラウディアはようやく微笑んだ。

「それなら良かったわ」

 白いティーカップを手に取り、クラウディアはそこに揺蕩う紅茶に視線を落とす。
 オレンジ色の紅茶の水面が揺らめき、そこに彼女の不安そうな顔が映り込む。

「エド様はずっとお忙しそうで、私は不安なの。もっと、私にもできることがあれば良いのに。そう思うわ」
「……」

 アリスは紅色の目を、ほんの少し虚空に向けた。それから、薄い唇を開く。

「小耳に挟んだお話ですが」

 そう前置きして、

「ヒトというものは、どれほど忙しく過ごして疲れていても、伴侶や我が子といった、
自分の家族と共にいれば、リラックス出来るのだそうです。時々、余計に疲れることも
あるようですが、
エドワード様は、毎日、奥様に癒されていらっしゃいます」

 アリスには、ヒトとヒトとが織りなす愛情や絆については理解出来ない部分が大多数ではあったが、
 ある日の休憩中。料理長が下男にそう零しているのを、アリスは聞いたことがあった。
 その言葉を聞いて、クラウディアがふっと小さな笑い声を立てる。

「あなたの言葉なら、信用できるわね」



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