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【The maid daily−ある侍女の日常−】

Wearing a black hat in the black dress,
she's popping into the world of the night.
Stardust sprinkled into the darkness, she is dancing night as Robin.
It is she who knows the secret.
                        ――――――――――――

 水無月ジュアン紫丁香花の日ライラック
 その日は、長く続いていた雨も休息をしているのか、久しぶりの晴れ間であった。
 溜まっていた書類や書簡に一通り目を通し、サインを記入し、エドワードは、そこで一度筆を止めた。
 ぐっと大きく伸びをする。そのタイミングを計っていたように、

「エドワード様」

 そう、クロードに声をかけられた。
「ん。どうしたんだい? 何か、間違えたかな」

 書類の確認をしていたクロードは、「いえ」とかぶりを振る。
 目を細め、柔らかな微笑を顔に称えたまま、

「奥様がいらしております」

 顔を向ければ、遠慮がちに開いた書斎の扉の隙間から、クラウディアが顔を覗かせている。
 目が合うと、ほっとしたように花のような笑みを零した。それを見て、エドワードも自然と顔が綻んだ。

「ディディ、どうしたんだい」

 すぐに立ち上がり、足早に彼女のもとへ向かえば、
 クラウディアはようやく扉の影から姿を見せた。赤茶色の巻き毛が小さく揺れる。

「お仕事、そろそろお疲れになる頃かと思って。アリスに頼んで、紅茶とお菓子の用意をしてもらいましたの。
少し、休憩なさいませんか?」

 皐月メイ鈴蘭の日リリーヴァリーに、正式に籍を入れたのち。
 エドワードは多忙となる自分の代わりとして、少年時代から信頼を置いていたアリスに、
 クラウディアの世話を任せていた。彼女はとても寡黙で、思考が読めないこともあったが、
 クラウディアも彼女を好いているようだった。

「ありがとう、ディディ。丁度一区切りついた所だから、そうさせてもらうよ」

 そう答えると、クラウディアは「それでは、参りましょう」と声を弾ませた。



 茶会用の居間へ向かえば、既にアリスは準備を終えていた。長方形の大きなテーブルには、
 白地に群青色の太いラインで縁取りされ、同じ色で草花の刺繍が施されている。
 アリスはこちらを見ると、深く腰を折った。材質にも拘ったソファーへ腰を下ろした所で、
 白い陶器のポットを手に取り、アリスはゆっくりとカップへ紅茶を注ぎ込んだ。
 爽やかな茶葉の香りが鼻腔を霞め、エドワードはふっと肩の力を抜いた。

「良い香りだ」

 湯気の立つ紅茶の入った、青色の繊細な模様が描かれたカップがそっと目の前に置かれた。
 アリスは一度も口を開くこともなく、タルトの乗った皿を静かに並べた。
 色取り取りの果実と、柔らかいホイップで飾り付けられたタルトは、こちらの食欲を大きくそそる。
 
「まあ、美味しそう!」

 クラウディアが両手を合わせて微笑んだ。「いただきます」と、まず紅茶に手を伸ばしたエドワードを見て、
 クラウディアも淹れ立ての紅茶を口に含む。そして、キラキラと輝かせる翡翠色の瞳をアリスに向けた。

「いつも思うけれど、あなたの淹れる紅茶は絶品ですわ」
「勿体無きお言葉です」

 少しも表情を崩すことなく、謙遜するアリスに、クラウディアは続けた。

「紅茶は淹れるタイミングも、蒸らす時間も難しいのでしょう?
それを、時計もなしにぴったり正確に測れるんですもの」
「アリスは昔から、時間も物の量も、数寸の違いなく、ぴったりと測れていたよ。
僕も、子供ながらに、その才能はすごいと思った」
「左様でございますか」

 アリスは二人から向けられるどんな話題にも、眉一つ動かすことは無かった。



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