03
「大丈夫か?」
アストワースの入口で、ニルスが尋ねてくるのを、リアトリスは頷いて応えた。
使い込まれたライフルや、慣れ親しんだ防具類を纏い、リアトリスは壁の外側にいる。
たった数センチで、街の中と外は湖岸と彼岸だ。此処から先は、いつ魔物と戦闘になってもおかしくない。
「大丈夫だよ」
「だが、よく上が納得したな。どう言いくるめたんだ?」
「そこは、おいらの処世術だな」
冗談めかして言いながら、リアトリスは昨夜の会話を思い出した。
今すぐ組織に戻ることは出来ないと伝えると、案の定理由を問われた。話をしたい人物がいる、なんて曖昧な理由を言うことは出来ない。
そこで、リアトリスが言ったのは、腕の不調のことだった。
「右腕に痺れが残っている」
正直に打ち明けた。
魔物との戦いは、文字通り命懸けだ。小さなミスや僅かな不調は、すぐさま死へと繋がってしまう。
組織内での療養も薦められたが、問答の末。リアトリスは「万全の状態で、戻って来る」ことを条件にして、
なんとか再入団の延期を勝ち取ったのだ。
リアトリスはライフルを背負い直す。その重たさが久しぶりで、少しだけ懐かしく感じた。
思えば、このライフルは魔物ハンターになってから、二年以上、ずっと使い続けている。
調整や修理も何度かしたが、その分、手に良く馴染む代物へと変わってきた。
「それじゃあな」
短い挨拶で締め括り、リアトリスはティナを連れ立ってアストワースを離れる。
もう半月近くギルクォードを留守にしていた。ティナの話では、オボロやイェーガー夫妻が、とても心配していたらしい。
早く戻って、安心させてやらねばならない。
歩き出したリアトリスの背後で、アストワースの門が音を立てて閉じた。
◆
途中、魔物との戦闘を挟みながらも、アストワースを出て五日目。
リアトリスはようやく、ティナと共にギルクォードへと戻ってきた。
実際には、一ヵ月程離れていたが、実に久しぶりな気がした。見慣れた門と街並みを見て、リアトリスはほっとする。
門番を兼ねている自警団や、町行く人々が安堵の表情を浮かべては、労いの言葉を掛けてきた。
それに答えながら進んでいき、リアトリスはオボロの喫茶店へと辿り着く。
古びた扉を開くと、来客を知らせるベルが小さな音を鳴らす。
その音に反応して、オボロがカウンターの下から顔を出した。「はい、いらっしゃ……」と、途中で言葉を止める。
そして、次にはカウンターから飛び出してきた。
「ティナちゃん! リア坊!」
久しぶりに見たオボロの顔は、何処か疲れているようにも見える。
飛び出してきたオボロは、両手を広げると、リアトリスとティナの二人の肩に手を回した。
「ああ、良かった。二人とも、無事で……」
嬉しそうな声が震えている。想像以上に不安と心配をかけたことに気付き、
リアトリスは「悪い」と口を開こうとした。そこで、ふと妙な気配を感じる。それが何なのか判断する前に、オボロは二人からようやく離れた。
「二人とも、戻ってこないから……本当に、心配したんだよ。イェーガー夫妻もね」
「ああ、悪かったよ」
先程感じた、妙な気配について、リアトリスは忘却してしまっていた。
「本当、生きて帰ってきてくれて良かった」
「ティナ、いなくて、オボロ、さびしかった、ですの?」
にこにこ嬉しそうに笑いながら、そう尋ねるティナにオボロは大きく頷いた。
「勿論、寂しかったしとても不安だったよ」
その言葉に、ティナは嬉しそうだ。
リアトリスはオボロとの会話もそこそこに、一旦引き上げることにした。イェーガー夫妻に、
帰ってきたことを伝えなくてはならない。「またおいで」と言うオボロの言葉に頷きながら、リアトリスは店を出た。
そこから東に、三軒程進んだ酒場アーリットの前に、リアトリスは立った。
酒場の扉は閉ざされている。まだ昼時なので、開店していないのだ。リアトリスは裏手に回り、そこの玄関口に向かう。
開き慣れている扉ではあったが、いささか緊張した。
普通に扉を開けて中に入るか。呼び鈴を鳴らして開けてもらうか。その二択で悩んでいたリアトリスは、
やがてドアノブに手を掛けた。捻りながら押し開けようとするが、すぐにつんのめってしまった。
鍵が掛かっている。
――出かけてるのか?
拍子抜けであった。リアトリスは玄関の前に、腰を下ろす。未だ、痺れの残る右腕を持ち上げた。
物を握ったり文字を書いたり、ライフルを扱うことには、今の所支障は無い。しかし、この痺れがいずれ、
厄介な事態を招くのではないかと、一抹の不安を与えてくるのも事実だ。
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