01
【Some differences−ある者達の差異―】
It is fortunately have a place to return.
Battered go out if you have a place to return even though the motivation there.
At least, he thinks so. But who no what location to return nor a place to return.
―――――
屋根や壁の修繕修理の音が聞こえてくる。水無月の紫蘭の日。
アストワースを、魔物の大群が襲った日から、数日が経過していた。
ティナは魔物ハンター支部の玄関付近にある、簡易的なベンチに腰を下ろしていた。
足をぶらぶらさせながら、リアトリスが戻ってくるのを待っている。そのリアトリスは、
現在塔の一室にいた。会議室、と呼ぶのに相応しい広さの部屋の中、一人立っていた。
彼の眼前には、各部隊の隊長陣の他、軍政機関の人間なども混じっている。
彼らの厳しい眼差しに、リアトリスは居心地の悪さを感じていた。しかし、彼がそう感じるのは、
敵前逃亡よりも以前から、ずっと感じていたことだ。
彼らから問われる事柄には、あらかた答えてきた。今まで何処にいたのか。
何故、行方を晦ましていたのか―流石に、ニルスやエリックに語ったような説明は出来ず、適当な理由を見繕った――、
今回アストワースに来た理由――これも、おおっぴらに、魔物退治をしていたとは言えなかったので、
濁すような返答をした――。下手なことを言って咎められたり、突っ込まれたりしないように、
細心の注意を払いながら、言葉を選んだ。
そして、二年前壊滅に追いやった魔物は、どういう魔物なのか。
この問いかけには、リアトリスは正直に答えることが出来た。
「ヒトの姿をした吸血鬼でした。攻撃方法は、剣のように伸ばした爪での斬撃が殆どで、
仲間の死因の多くは、吸血行為やその斬撃による、失血死でした」
貼り付けたような、薄気味悪い笑みを思い出す。
「何故、戦闘に入ったのだ」
「当初は、誰一人そいつから、魔力を感じることは無かったです。
本当に、死に掛けている人間だと思っていました。助ける為に声を掛けた所……」
説明しながら、リアトリスは口の中が乾いていくのを感じた。
飢えて、今にも死にそうな顔をしていたのを、思い出す。それすらも、罠だったのだろうか。
それは、近隣に町村の無い、辺境地での出来事だった。隊長やスコット副隊長が、何かを懸念していたことを、
リアトリスは気付いていた。しかし、一切の疑念を抱かず、良かれと思って声を掛けてしまった。
まるで、それを待っていたかのように。突如、その人物は本性を現した。
その爪撃から逃れることが出来たのは、単に隊長が首根っこを引っつかみ、後方へ投げ飛ばしたからだ。
倒れ込み、隊長を案じて振り向いた視線の先で見たのは、まるでボロ雑巾のように切り裂かれる、隊長の後ろ姿であった。
「それから、」
総司令官の言葉に、リアトリスは意識を現実に戻す。厳しい面持ちが、そこに並んでいた。
「先の、魔物の大群による襲撃で、アストワースは壊滅的な被害を受けた。
復興するまで、時間が大きく掛かる。同時に、件の魔物の攻撃によって、我々魔物ハンターの数も、大きく減少してしまった」
件の魔物という言葉が、どちらを差しているのか。或いは、二人ともか。
リアトリスは、背中に冷や汗を掻く。
「一人でも多く、人員を確保しなければならない。おまえは、いつ、戦線に立てる」
◆
見知った足音を聞いて、ティナは顔を上げた。二人の魔物ハンターに付き添われて、
リアトリスが戻ってくるのが見える。ティナは顔を綻ばせると、勢いを付けてベンチから飛び降りた。
そして、リアトリスのもとへ走っていく。
「おかえり、ですの!」
急に飛びついてきたティナに驚き―また、その質量でよろけ―、リアトリスは「うわっ」と声を上げる。
その様子をニヤニヤしながら眺めているのは、ニルス・カーターだ。
「おうおう、懐かれてんなあ」
「誰にでも懐くんだ。ここにいたら、そのうちあんたにも飛びつくよ」
リアトリスは、ティナを引き剥がしながらそう答える。右腕に妙な痺れを感じて、小さく舌打ちをした。
体調は、もう随分と良くなっていた。しかし、この腕の痺れだけは、いつまでも残っている。
普通に動かせるのだが、まるで正座した後の足のような痺れが、慢性的に続いていた。
「どうしたの?」
ティナが尋ねてくるのを、リアトリスは「なんでもねえよ」とかぶりを振った。
「まあいいや、食堂行こうぜ。腹減った」
ニルスはリアトリスをからかうのも程々にして、早足で支部の外へ向かっていた。
近くには、ニルスとエリックが御用達の大衆食堂があるらしい。
先日の騒動で、その食堂も決して少なくない被害を受けたそうだが、また営業を再開したとのことだ。
「らっしゃい」
店内は、決して綺麗とは言えない有様だ。
ニルスやエリックに言わせれば、以前はもう少しマシだったらしいが、この状況下で、すぐに店を再開出来ただけでも、儲け物だ。
取って付けたようなテーブルと椅子が、ざっくばらんに並んでいる。その適当な場所を見つけて、
ニルス、エリック、そしてリアトリスとティナが並んで腰を下ろした。
「おっちゃん。いつものある?」
「味は前より、だいぶ薄くなっちまうが、それでも良けりゃ出せるぞ」
「んじゃ、それ四人前頂戴」
親しげにそんなやりとりをしたニルスは、リアトリスへと顔を向ける。
「で、どうよ」
「毎日、毎日、同じ話ばっかだよ」
そう答えながら、リアトリスは出された水を一口飲んだ。口の中で水を転がしながら、ふと、考える。
魔眼狼の毒により、弱ってしまった身体には、シェリーの魔力は強過ぎた。
強烈な毒気を含んだ魔力に当てられ、意識を失ってしまったリアトリスが、次に目を覚ました時。
既に、シェリーもディックもいなくなっていた。
ただ、荒れたアストワースの町に、焼き殺された大多数の魔物ハンター達の遺体が残っていただけだ。
『あたしのものになることを、こいつは選んだ』
無謀にも、魔将に挑みかかろうとしたディックを思い出す。彼は、「俺にはシェリーしかいない」と言った。
そして、ディックがこちらに向けた、冷たい赤い瞳を思い出す。「おまえが俺の何を知っているんだ」。彼はそう言った。
その言葉は、ずっとリアトリスの胸の中で、ちくちくと存在を訴えている。
ぼんやりと、その言葉を反芻させていたリアトリスの目の前に、突然皿が現れた。
湯気を立てるオートミールの香りが、鼻腔を掠める。
「お待ちどう!」
顔を上げれば、気の良い笑みを浮かべた壮年の男がそう言った。
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