06
するりと、ディックの手から魔剣が滑り落ちる。赤い剣は、乾いた音を立てて転がった。
それにも気付かず、ディックは首を横に振った。赤い髪を掴みながら、呻いた。
「違う」
弱々しく否定するが、彼女の声は鳴り止まない。
――また殺すの?
――あなたの所為で……
――また、同じことを繰り返すのね。
――私を殺した時のように……
――私を殺したのはあなたなのに……
声は止むことなく、ディックを苛んでくる。否定しても、否定しても、声は止むどころか、
更に厳しく責め立ててくる。
「何を一人で、ぶつぶつと……」
顔を引き攣らせていた男は、すぐに平静を取り戻した。少年を抱き抱えたまま、ディックとの距離を取る。
彼の号令一つで、周囲にいた魔物ハンター達が、呻くディックに向けて、銃弾を放った。
しかし、弾がディックを貫くことは無かった。突如吹き上がった、青白い炎に阻まれたのだ。
「これは……!」
男が顔を歪める。周囲のハンター達が、彼に習って距離を取った。青白い炎は、やがて女性の姿を象って行く。
揺らめく腕を伸ばして、ディックを前から抱擁した。熱や痛みは伝わってこない。それでも、
その青白い炎からシェリーの気配を感じて、ディックはようやく顔を上げた。
「……シェリー……」
その炎の中に、ディックはシェリーの艶やかな笑みを見た。チロチロと、胸の奥底で燻っていた黒い炎が湧き上がる。
脳裏に過るのは、アレクシアの最期。そして、あの村の人間の顔。憎悪に満ちた歪んだ顔だ。
その顔は、今対面している魔物ハンター達とよく似通っている。
青白い炎は更に激しさを増し、まるで津波のような勢いで、魔物ハンター達に向かっていく。
「退避しろぉぉぉ!」
怒声にも似た声で、男が指示を出した。しかし、魔物ハンター達が走り去るよりも早く、
シェリーの青白い炎が彼らを次々と飲み込んでいく。その様が、いつかの村の光景と、重なって見えた。
逃げ惑う背中や、交差する悲鳴と怒声が、古い記憶を呼び覚ます。
急速に凍り付いていくその場所から、村人達は必死に逃げようとしていた。
それでも、人間の走る速さなど高が知れていて、皆、一様に氷に囚われて……
「……シェリー……」
泣き出しそうなくらいに、弱々しい声は震えていた。
それでも、それに応えるように、女性の姿をした青白い炎は、小さく揺らめいている。
ディックの赤い瞳は、ゆっくりと翡翠色へと戻っていく。
「……やめて……」
消えそうなくらい、小さなその声に、人型の炎が動揺したように震えた。
まだ逃げ惑っていた魔物ハンターを、飲み込もうとしていた、青白い炎が静かにこちらに戻ってくる。
女性の姿をした炎と混ざり合うと、青白い炎は少しずつディックの影の中に入り込んでいった。
「貴様ァ!」
その光景を眺めていたディックは、その怒鳴り声に我に返った。素早く魔剣を拾い上げ、
「血石の槍」
飛来する銃弾を赤い槍の光で消し去った。
ライフルを撃ってきたのは、まだ若い魔物ハンターだ。地を蹴り、彼へと一気に間合いを詰めたディックは、
その魔物ハンターが怯んだ隙に、その鳩尾の辺りに拳を突っ込んだ。
呼吸を詰まらせ、その痛みに呻きながら蹲る魔物ハンターを、それ以上攻撃することはなく、町を去ろうと足を速める。
これ以上、此処にいてはいけない。そこで、
「ディック!」
と、強い声で名前を呼ばれ、ディックは振り向いた。
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