04


 住民の避難誘導を終え、魔物ハンターがふっと一息吐く。此処にいるのは、配属されて間もない新人ばかりだ。
 皆、突然の魔物の襲撃に疲労困憊している。
その男達の中に混じり、場違いにも混じっている少女は、ティナだった。

「お嬢ちゃん、手伝ってくれてありがとうな。でも、危ないぞ」

 無骨な手で頭を撫でる男が、小さな笑みを浮かべているのを見て、ティナも笑う。
 今、ティナがいる場所はアストワース支部の建物内だ。有事の際は、此処が避難所の代わりともなっていた。
 ティナは周囲を見渡す。何処を見ても、不安や焦燥、そして疲弊を滲ませた顔ばかりだ。

「どうしていきなり……」
「パパ、ママ、どこにいるの?」
「いつになったら帰れるの……」
「魔物ハンターが、みんな蹴散らしてくれるさ」

 不安を口に出す者、激励する者、啜り泣く者と様々だ。
 慌ただしく魔物ハンターが数人、外から入ってくる。彼らは広間を横断すると、そこにいたハンターに、
 何事か話し始めた。魔物ハンターは慌てた様子で話し合っていたが、やがて再び外に飛び出していく。
 その様子を見守っていたティナは、思い出したように歩き出した。彼女が向かおうとしているのは、リアトリスの所だ。

 別棟にリアトリスはいる為、ティナは一度外に出る必要があった。塔のような作りの建物の中に入り、
 通って来た道を思い出しながら進んでいく。入り組んだ階段を上り、強面のハンター達の目を避けながら、
 病棟へと辿り着いた。四階に上がってから三つ目の扉が、リアトリスのいる部屋だった。

 ティナは扉の前に立つと、ハンターがしていたように扉をノックする。それから、すぐに部屋の中に入った。
 出て行った時と同じ体制で、リアトリスが横になっている。首を動かして、リアトリスがこちらを見た。
 そして、ほっとしたように笑う。それから、すぐに引き締まった顔で、尋ねてきた。

「……町は、大丈夫なのか?」
「うん」

 その質問に、ティナはこっくりと頷いた。

「じゅうみん、ひなん、おえている、ですの。にげおくれた、ひと、いないか、
まもの、ハンターのひと、じゅんかい、していた、ですのよ」
「そうか」

 リアトリスは、少し安堵したようだった。ふっと息を吐く。それから、すぐティナに尋ねた。

「ディックは、どうしてる?」
「おわかれ、した、ですの」
「お別れ?」

 驚いたように声を上げたリアトリスは、すぐに呻いた。苦しげに息を吐きながら、尋ねる。

「どういうことだ」
「まち、たいへん、だから、ティナ、たすけたかった、ですの。
でも、ディック、たすけたくない、いった、ですの。ディック、ティナ、すきにしろ、いった、ですの。
だから、ティナ、ここ、のこった、ですの。ディック、かえった、ですの」
「…………そう、か」

 リアトリスは天井を見上げ、目を閉じる。脳裏に蘇るのは、魔将ヒースコートとの戦闘時に垣間見た、ディックの赤い目だ。
 あの冷たい目は、嫌な感じがする。ディックは、決して冷淡ではない。しかし、自ら誰かに歩み寄ることも、助けようとすることも無い人物だった。

――思えば、おいらは……あいつのこと何も知らねえ。なんであの魔将といるのか、
ギルクォードに来る前は、何をしていたのか。なんで……

 自分が、何も知らないことを改めて思い知る。

「でもね、でもね」

 と、ティナが袖口を引っ張ってくる。

「なんだよ」

 瞼を開ける。空のような澄んだ瞳を向ければ、ティナはゆったりとした口調で、話を続けた。

「でもね、まものハンター、の、ひと、すごく、あわてて、おそと、でていった、ですの」
「何かあったのか?」

 呻きながら、リアトリスが尋ねると、ティナは頷いた。

「ティナ、おはなし、きこえた、ですの。あのね、ごらくがい、ふきん、で、まもの、こうそう、してる、ですのよ」
「魔物の抗争か……」

 リアトリスは、それを聞いて魔物の共食いを思い出す。一、二度程見たことがあった。
 あまりにも魔物が密集して、魔力が膨脹し過ぎると、その力に感化された魔物同士で、殺し合いが始まってしまう。
 その時の魔物達は非常に攻撃性が高く、熟練の魔物ハンターでも注意が必要な程、荒々しいものだった。
 彼らは目に入る動く物を、全て敵や獲物に捉えてしまうのだ。



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