07
激しく扉が叩かれた。その音に、リアトリスは僅かに肩を浮かせた。
ニルスとエリックが目配せをして、それからエリックが扉の前に立つ。ドアノブを引いて、廊下に出て行った。
何やら話し声が聞こえるが、聞き取りづらい。
「……色々言ったけどよ」
ニルスが声を掛けてくる。リアトリスは無言で彼を見た。
「しばらくは、上からの尋問とかあるかもしんねえけどよ。でも、オレもエリックもさ。
おまえが生きていてくれて、嬉しいんだ。……だからさあ」
ニルスは先程とは違い、少しはにかむような笑顔を浮かべている。
それは、リアトリスに心苦しさを感じさせた。ニルスが手を差し出してくる。
「またオレ達と一緒に、戦ってくれねえか」
リアトリスが返答に戸惑っていると、扉が開いてエリックが戻ってきた。
入ってくるなり、矢継ぎ早にニルスに言う。
「ニルス。町に魔物の大群が迫ってる。今すぐ、正面玄関に集合だ」
「大群だと!?」
ベッドから腰を上げたニルスに、エリックは素早く頷いた。
「ああ。空から有翼種、そしてヴェルド森林から魔眼狼が来てるようだ」
「わ、分かった。すぐに向かおう」
ニルスは一度だけリアトリスを見てから、すぐさま部屋を飛び出して行った。
リアトリスはふっと緊張が解れ、肩の力を抜く。しかし、すぐに身を引き締めた。ティナを見る。
「ティナ。あんたも一度、外に出ろ」
「なぜ、ですの?」
ティナは目をぱちくりとさせた。
「町に魔物が迫ってる。なんとかしなきゃならねえ……でも、おいらが行っても、足手纏いにしかなんねえから」
「ティナ、リア、かわりに、たたかう、ですの?」
その言葉に、リアトリスは「いや」と否定する。「わざわざ、ディックがあんたを此処に寄越してきたんだ」と、
ここで少しだけ声を潜めた。外にいるかもしれない、誰かに聞こえないように声量を極力下げる。
「あんたが魔力を持ってることを、知られちゃいけねえ。だから、外に出たらティナは、人民の避難誘導を手伝ってくれ。
ニルス達が戦い易い環境にするんだ。”何があっても、絶対に砲撃はするな”。いいな?」
リアトリスが、念を押すように言うと、ティナは素直に「はい、ですの」と頷いた。
頷いてから、廊下へと飛び出していく。リアトリスはその様子を見送ってから、再び天井に視線を戻す。
――ティナと一緒に、おいらを探しに来たのか。
あの時抱いた恐怖を、彼はまだ気付いていないらしい。此処には腕利きの魔物ハンターがいる上に、ディックが来ている。
ならば、魔物の大群もそう恐れることはない。
◆
その喧騒の中に、ディックはいた。先程まで照り付けていた太陽は、今はすっかり暗雲に隠れている。
湿ったその臭いは、雨が降ることを予感させた。深く被ったフードから、覗き見るように目を走らせる。
避難誘導をする、魔物ハンターの姿が見える。妙に若いその風貌は、まだ新米なのだろうと思わせた。
ティナは上手く、リアトリスと合流出来ただろうか。そう思ったのも束の間、ディックは迫り来る強い魔力に、顔を上げた。
空から下降してくるのは、ヤギのような角を生やした獣型の魔物だ。大きな翼を持ち、猿のような風貌からは知性を感じさせない。
翡翠色の目が捕らえたその魔物は、此処から見えるだけでも数十頭いる。その魔物が、群れを作る習性を持っているのか、
たまたま同種が集まってきたのかは、ディックは知らない。シェリーが教えてくれたのは、魔力や魔力結晶のことと、魔物との戦い方だ。
『要するにあたし以外は、皆、敵なんだ。殺さなければ、おまえが死ぬんだ』
『迷うことはないだろう。皆、殺せばいい』
『敵は皆、潰せばいいのさ』
彼女はそう言って、美しく笑っていた。
一頭の魔物が、牙を剥き出して襲いかかってくる。その牙がディックに差し迫った瞬間――
その魔物は、彼の持つ魔剣によって、真っ二つに切り裂かれてしまった。
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