06
「リア、やっと、あえた、ですの」
「ああ……逸れちまったもんな……」
ティナも無事、あの森を出ていたらしい。リアトリスは、少しほっとした。
彼女は自分を追って、ヴェルド森林を抜け、アストワースまで辿り着いたのだ。ティナがにっこりと微笑んだ。
「リア、ねてる、ですの。つかれた、ですの?」
「ああ……まあな。で、どうやって、ここに来た? 一般人は、入れないぞ」
ティナは、にこにこ微笑んだまま答えた。
「リア、しりあい、いったら、いれて、くれた、ですの。おじさん、やさしかった、ですのよ」
「へえ……緩くなったんだな……」
少し疲れてきて、リアトリスは目を閉じた。長い瞬きをする。不意に、ニルスの声が届いた。
「リア、おまえ少し前に、この町に来ていただろ」
心臓が嫌な鼓動を立てた。リアトリスは口を閉ざしたまま、何も答えない。ニルスが小さく笑った。
「だんまりか。……おまえが、町に来ていたことは、そう大きな問題じゃないんだ。驚きはしたけどな。
あの時、おまえが庇った男がいたろ。あいつは、何者だ?」
ニルスの声音が変わった。リアトリスは答えない。
「ヒトの姿に化けちゃいるが、微かに魔力を感じた。魔力だ。魔物の力のことだよ。
でも、ヒトの姿を真似る程の力を、感じなかった。殆ど人間に近い気配だったけど、あいつからは確かに魔力を感じたんだ」
その声音から、明らかな敵意と畏怖をリアトリスは感じた。何も言わないが、傍にいるエリックからも同じ空気を感じる。
リアトリスは青い目で、二人をじっと見据えたまま、唇を開かなかった。ディックのことを話してはいけない。
そう直感した。二人からは、明らかな敵意を感じたのだ。それは、リアトリスに向けられたものではない。
「……知らねえとは言わせねぇ」
逃げ道を塞ぐように、ニルスが言う。
「あの様子じゃあ、おまえはあいつと親しそうだったな。きっと、リアがいたギルクォードの町でも、結構一緒にいたんだろ」
それでも、リアトリスは口を開かない。
「オレですら、感じ取れるくらいの魔力が、一瞬沸き立ったんだ。オレよりも、いる時間が長いおまえはあの魔力に、すぐ気付けるだろ」
「……今、あの男が混血じゃないかって、そういう仮説も出ているんだ」
ニルスに続いて、エリックがそう言ってきた。
ティナだけが、きょとんとした顔をしているのを見て、「頼むから何も言うなよ」と、リアトリスは祈りにも似た思いを抱く。
「もし、”万が一”……そいつが、混血だったとしたら、どうするんだ」
出来るだけ、気取られないように。リアトリスは、努めて平静に振舞った。
口を開いたニルスの代わりに、エリックが答えた。
「始末するさ」
「……」
迷いの無いその答えに、リアトリスは身を固くする。
「人間の姿を取っていようが、魔力を持っている以上、そいつは魔物だよ。殺人衝動や闘争本能は、常に持っている」
「そ……」
リアトリスは口を閉じる。下手なことを口にして、突っ込まれてはいけない。そう思ったのともう一つ。
ヒースコートとの戦闘時に、こちらに向けられた、冷たい色を放つ、赤い瞳を思い出したのだ。
その重たく張り詰めた空気を壊したのは、
「ディック、やさしい、ですのよ」
ティナの場違いな程に、おっとりとした声だった。
リアトリスは、全身に冷水を浴びたような心地に陥る。エリックがティナを見下ろした。
「誰だ、そいつは」
「リア、さがし、に、きた、ですの。おそと、まっている、ですの。しんぱい、してる、ですのよ」
答えになっていない。彼女のちぐはぐな返答に、リアトリスはいささか胸を撫で下ろす。
「ティナ、リア、いっしょ、に、かえりたい、ですの」
「……」
ティナの言葉に、リアトリスはすぐに返事が出来なかった。
ニルスやエリックがいなければ、此処でなければ、二つ返事で頷いた。しかし、正式な魔物ハンターとして、
元々組織に所属しており、今も組織で戦っている二人を前に、迂闊には返答が出来ない。
それに、そうでなくてもすぐに帰ることは出来ない。意識を取り戻したことが、上層部に知られれば、厳しい尋問が始まってしまう。
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