04
ヴェルド森林から訪れる、アストワースの町はまた違う印象を抱かせる。
白に近い、茶色の煉瓦を積み重ねた家々が立ち並んでいる。こちらは、娯楽街の反対方向だ。
以前、町から出て行く時に使った裏門であった。以前訪れた時から、既に三ヶ月近く経っている。
勝手に違う道へ進もうとする、ティナの肩を掴んで引き止めた。厳しい目を向けても、彼女はヘラヘラと笑う。
「このまち、とても、おおきい、ですの」
「……そうだな」
ギルクォードと比べると少し暑い。ディックは顔を上げた。離れた場所に、灰色の建物が見える。
その向こう側には、塔が幾つか見えた。日差し避けの、唾の広い帽子を被って歩いている年配女性を見かけ、ディックは声を掛けた。
灰色の建物のことを聞くと、彼女は「魔物ハンターの支部よ」と答えてくれる。
「そうですか。……すみません、もう一つ」
立ち去ろうとしていた女性を呼び止めると、彼女は少し不審そうな顔をこちらに向けてきた。
「最近、俺達のように、森の方向から来た人はいましたか」
「そうねえ。来ていたと思うわ」
「どんな人が来ていたか、ご存知ですか」
「さあ。そんなのいちいち覚えてないわね」
ディックは軽く謝礼を言って、女性と別れた。少し考えてから、マントに付いているフードを被る。
赤い髪を隠した。裏門の門番は何も言ってこなかったが、用心するに越したことはない。
ふとディックは、背中に強い魔力を感じた。ヴェルド森林から漂ってきているようだ。
「……」
妙な鼓動が走る。
更に市街地の奥へと進んでいく。このまま進めば、羚羊亭のある娯楽街へと続く道だ。
もともと賑やかな道ではあったが、今日は以前よりも更に騒がしい。
――というか、慌ただしいな。
町民達の間を、鎧の上からローブを纏った男達が駆け抜けている。魔物ハンターだ。
ディックは、彼らに悟られないよう、少し顔を伏せた。魔物ハンター達は、ぼそぼそと会話をしながら、すぐ隣を駆け抜けていく。
静かに、翡翠色の瞳でその様子を流し目で見た。小さな声だったが、魔物の血の影響で鮮明に聞こえてくる。
「ヴェルド森林で、魔物が群れを成している」
「早急に追い払え。町には一匹も入れるな」
「行方不明の仲間が戻ってきた所に、……本当、どいつもこいつも手を煩わせる」
先程感じた魔力は、魔眼狼という魔物のものだろうか。それも気になるが、それ以上に『行方不明の仲間』という単語が、耳に付いた。
何の確証もなかったが、それがリアトリスかもしれないと、確信に似た思いが湧き上がる。
しかし、それの裏付けをどう取るか。そこが問題だ。少なくとも、この町の魔物ハンターはディックに敵意と殺意を抱いている。
――敵意か。
嫌悪するような、醜悪な顔をこちらに向けて、刃物を振り翳した男達の姿が、ふっと脳裏を掠めた。
じわじわと、暗い殺意が首をもたげてくる。凍りついていく村人と、あの村の光景がまざまざと蘇ってくる。
ディックの目が赤く染まり始めた時。
ふっと手を引っ張られた。ティナがこちらを見上げている。
「リア、はやく、さがしたい、ですの」
「ああ……そうだな」
ディックは彼女の両目を見つめる。ティナは、きょとんとした顔でこちらを見上げていた。
「どうしたの?」
「……」
彼女の魔力を、魔物ハンターは感知出来るのだろうか。元々、彼女に備わっている両目は混血のものだ。
彼女は、滅多に持っている力を使わない。それに加えて、普段はオボロやイェーガー夫婦など、人間の傍で暮らしている。
「ディック?」
ティナが頬を膨らませた。
「はやく、いきたい、ですの」
ティナなら、もしかすると魔物ハンターに介入出来るかもしれない。
◆
ディックと別れたティナは、時折人に聞きながら、魔物ハンター支部へ向かって歩いていた。
何故だか、ディックは一緒に来てくれなかったので、少し寂しい。照り付ける太陽を見上げて、
ティナはオボロやリアトリスがするように、少しだけ目を細めた。その状態で、ふっと空気を吸い込んでみる。
湿度を含んだ空気を感じて、ティナは目を開けた。空を見上げる。紫色の目が小さく光った。
「あめ、ふりそう、ですの」
見事な快晴だったが、そんな気がした。
ティナはすぐに歩き出して、数分掛けて支部の入口に着いた。入口前には二人の男が立っていたが、
見かけるハンターのような武装はしていない。退屈そうな顔をした男と、厳しい顔をした男だった。
退屈そうな男はまだ若く、それ故にあまり真面目に勤務していないように見えた。
二人は何か言葉を交わしていたが、そのうち厳しい顔をした方がいなくなる。
そこでティナは、退屈そうな顔をした男の方へ向かった。
「こんにちは、ですの」
「ん? やあこんにちは」
男が朗らかな笑みを浮かべて応える。ティナは、ディックに指示された通り言葉を投げかけていく。
「さっき、ハンターのひと、ゆくえふめいのなかま、もどってきた、きいた、ですの。とても、よかった、ですの」
無邪気なティナの笑顔の影響か、退屈そうな若い男は朗らかな笑みを崩さない。
ティナが人間だと油断しているのか、見かけない少女に警戒する素振りも無かった。
「あれ? どこで漏れたんだろう。うん、でも戻ってきたぞ。
二年前、失踪した部隊の奴なんだけどな。怪我してたけど、まあ……っ」
男は「しまった」と言いたげに口を押さえるが、もう遅い。ティナは矢継ぎ早に尋ねた。
「そのひと、けが、している、ですの?」
「うええ? う、うん……」
「だいじょうぶ、ですの?」
「命に別状はないよ」
男は少し、ティナを警戒し始めたのか。それとも、うっかり口を滑らせ、組織の情報を外に漏らしてしまったことで、
叱責されるのを恐れているのか。急に言葉を濁し始めた。ティナが小さな唇を開いた。
「あのね、ティナ、そのひと、あいたい、ですの」
「ええ?」
男が声を上げて、それから目を泳がせる。ティナは男に更に一歩近付いた。
おねだりをするように、両手を組んで門番の男を見上げる。
「ティナ、ひと、さがしてる、ですの。なまえ、リア、ですの。ティナ、リア、あいたい、ですの」
「リア!? ……ま、まさかテオの知り合いなのかい?」
ティナはその言葉に、首を傾げた。
「リア、ですの。テオ、じゃない、ですの」
男は困惑した顔をしてから、ティナに手を向ける。
「ち、ちょっと待ってくれ。俺の独断では決められないから……少し、上に確認する」
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