07
走り続けていたリアトリスは、小さな川を見つけた。防具を外した腕を、その水底に深く沈める。
冷たい水の筈だったが、患部だけは異様に熱を帯びており、温く感じた。皮膚の内側から、
何度も針で突っつかれているような痛みが、絶えず走っていた。傷口からは、川の流れに従って血液が流れ出している。
「……っ」
水で綺麗に患部を洗浄し、それから薬を塗り、包帯を巻く。解毒薬も飲んでおくのも大事なことだ。
これが、毒を体内に取り込んでしまった場合の応急処置だ。魔物ハンターの組織に籍を置いていた頃は、
応急処置を終えた後は、専用の医務室に通されて、そこで本格的な治療を受けていた。
離れた今は、町の診療所に駆け込むべきだ。しかし、ただの病や怪我の治療が多い町医者が、
魔物の毒にどこまで対応出来るのかは、未知数だった。
リアトリスの顔色は悪かった。血の気が失せて青白く、加えて脂汗が額に滲んでいる。
食人木のところで、解毒の丸薬の入った小瓶や様々なものを置いてきてしまったので、
応急処置すら満足に行えない。今、リアトリスに出来ることは、傷口を洗い流すことだけだ。
加えて、ティナともはぐれてしまった。
リアトリスは川を見つめる。さらさらと流れる小さな川のせせらぎが聞こえた。流れは早くない。
急流もない。渡河が出来るくらいの流れだ。毒が染み付いた、弱った人間の臭いに気付き、
魔物が来るかもしれない。リアトリスはぼんやりする頭を、必死に働かせる。
思考を止めれば、すぐに気を失ってしまいそうだ。
――確か、この方角はアストワースだったな。娯楽施設しか見てなかったけど、確か診療所もあった筈だ。
上手く、本業のハンターと鉢合わせしないようにして、町に行きゃなんとか……
腕を川から引き上げて、リアトリスは白い布を傷口に巻く。
ふらつく足で立ち上がり、川の中に足を踏み入れた。鞄をまさぐり、見つけた臭い玉に安堵する。
それを、力いっぱい地面に叩きつけた。玉に罅が入り、そこから煙と共に異臭が広がっていく。
その間に、リアトリスは一歩ずつ、転ばないように慎重に足を進めていく。水で毒と血の臭いを洗い流し、
加えて煙玉の異臭を周囲に漂わせた。何処に向かったか、魔物には判別出来ない筈だ。
岸に上がり、
リアトリスは大きく息を吐いた。森の出口が眼前に見える。この川が境界線変わりなのか。
ラントフト村方面の森と比べ、穏やかな空気が流れていた。魔物ハンターの支部が置かれていることも、
魔物に影響を与えているのかもしれない。この森には、魔眼狼の群れが住み着く前は、力の弱い魔物しか生息していなかったのだろう。
何かに追い立てられるかのように、一箇所にたくさんの魔物が集結するようになり、あのような興奮状態を招いているのだ。
何か良くないことが、起こり始めている。そう実感せざるを得ない。
――あ、……ダメだ。
急激な立ち眩みを覚え、リアトリスはその場に倒れ込んだ。手足が痺れている。
目の前がチカチカと点滅し、強烈な吐き気を催した。やばい、という感覚さえ麻痺していく。
このまま、少しずつ身体が壊死していくことを予感し、リアトリスは恐怖を覚えた。しかし、もうどうすることも出来ない。
「……、……」
誰かの話し声が聞こえてきたが、途切れそうな意識では誰の声なのか判別出来ない。
ただ、とても懐かしい声のように思えた。
誰かの影が降りかかったのが分かったが、その人影を確認することも儘ならず、リアトリスは目を閉じてしまった。
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