06


 しばらく進んだところで、リアトリスは急に足を止めた。その為、後ろを走っていたティナが勢い余って、
 彼の背中にぶつかってしまう。背骨を襲う重たい衝撃に、リアトリスはくぐもった声を上げた。
 しかし、ティナを非難することもなく、素早く周囲の気配を探る。

――やべえな。集まってきてる。

 ちらほらと、魔力を感じた。シェリーや、ヒースコートと名乗った魔将と比べれば、断然弱い魔力だ。
 しかし、たくさんの魔力が絡み合い、大きな力となって渦巻いている。良くない傾向だった。
 端的に言えば、危険な状況を生み出す要因となるのだ。魔物が密集し過ぎると、互いの魔力に当てられて酷い興奮状態に陥る。
 それが、共食いや同族殺しを誘発してしまう原因となる。それの何が危険なのか。答えは単純明快だ。

 魔物は、他の魔物の力を奪って力を付ける。魔力結晶を奪い合う共食いが起これば、
 僅かな時間で急激に力が飛躍する。それこそ、人間などすぐに殺せる程の力だ。唸り声が聞こえてくる。
 リアトリスはライフルを構えながら、周囲への警戒を強めた。同じように、こちらの様子を伺っているのか。
 魔物の気配や声はしても、姿を現す様子はない。
 膠着したその状況を、先に破ったのは魔物の方だった。

 大きく口を開けて、飛びかかってきたのは角を生やした小人のような魔物だ。その手には、
 丸太が握られている。知能が低そうな外見だったが、武器を使うということを理解しているようだった。
 振り翳された丸太の攻撃を掻い潜り、リアトリスは左腕の刃で切りつける。

《ギャッ!》

 と、短い悲鳴を上げて魔物が怯んだ隙に、リアトリスは魔物から距離を取った。
 後方へ下がると、今度はティナが声を上げる。

「うしろ、ですの!」

 振り返らずとも、背後からの殺気を感じた。素早く屈めば、頭上を大型の魔物が飛び越えていく。
 濃紫色の毛皮を纏う、大型の獣の姿をした魔物は、探していた魔眼狼ダイアウルフだ。
 魔眼狼はその勢いのまま、目の前にいた魔物へと襲いかかる。丸太を振り回し、
 抵抗していた魔物はすぐに塵となって消えていった。魔力結晶を奪われたのだと、リアトリスはすぐに分かった。
 嫌な予感は、早くも的中してしまった。

                   ◆

 魔物と抗争が始まってから、幾時間が過ぎた頃。

――数が多すぎるな。

 妙な焦りが湧き上がってきた。叩いても、叩いても、戦闘の音を聞きつけた魔物が集まってくる。
 一向に減らない敵の数は、リアトリスに急激な疲れを呼び起こす。周りを囲まれていて、逃げ道はない。
 ティナは言い付けを守っているのか、両腕の大砲を一度も出さないでいた。

 息苦しさから、リアトリスは大きく咳き込んだ。魔物が密集し、案の定共食いを引き起こし、
 力を得た魔物達による魔力が、辺りに充満し始めている。短時間で膨れ上がった、毒気を含んだその魔力は、
 半面防毒面マスクを装備していない分、悪影響が出始めるのが早い。
 白い布で代用はしたが、効果は薄かった。

 そもそも、ここまでの大群に囲まれることなど、これまで一度も無かったのだ。

「リア、だいじょうぶ? だいじょうぶ?」

 尋ねてくるティナに頷きながらも、リアトリスは満足に動けなかった。
 襲い来る魔物に、銃弾を打ち込むだけで精一杯だ。寒気と疲労で、倒れそうな身体に鞭を打ちながら立ち上がる。
 リアトリスは、疲れた目でティナを見た。

「ティナ、一箇所だけでいい。穴を開けてくれねえか」
「あな?」
「どこでもいいから。魔物を蹴散らしてくれ」

 分り易く言い直すと、ティナは素直に頷いた。両腕をすぐさま大砲へと変えて、適当な群れに狙いを定める。
 チリチリと空気を焦がす音と臭いが、リアトリスの鼻を掠めた直後。凄まじい爆音と共に、
 ティナから紫電が発射される。魔物達はその攻撃に怯み、声を上げて飛び退いた。その一箇所だけ、
 魔物がいない隙間が生まれる。機会は一度きりだ。

「ティナ、行くぞ!」

 襲い来る魔物達を、リアトリスがライフルの先端で殴り飛ばした。ティナが、後方の魔物に紫電を飛ばし、退路を守る。
 大きな吠え声をあげて、魔眼狼の一匹が襲いかかってきた。リアトリスがまたライフルで殴りつける。
 その直後、頭上からもう一匹の魔眼狼が飛びかかってきた。はっと顔を上げた時には、既に牙が眼前に迫っていた。
 咄嗟に腕を振り上げて、その牙から顔を守る。

「くっ……!」

 牙がアームカバーを貫いて、深く食い込んだ。左腕の鎌を振り上げて、リアトリスは魔眼狼の鼻先を切りつける。
 魔眼狼は悲鳴を上げて、あっさりと飛び退いた。患部を押さえながら、リアトリスは足を止めず、走り続けた。

「リア!」

 ティナが後を追いかけようとしたが、それを阻止するかのように。別の魔眼狼や、魔物達が行く手を阻む。
 その間にも、リアトリスはこちらに気付いていないのか、森の奥へと姿を消してしまう。
 ティナは、「むうう!」と頬を膨らませた。



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