05
食人木とは、普段は只の木々に紛れてじっとしているが、
獲物が通りかかると、すぐさま蔦を伸ばして絡めとり、養分を吸い取る魔物だった。その性質故、
魔力も感じ取ることが困難な程弱々しい。魔物と接する機会の多い魔物ハンターでさえ、
先手を取られることの多いこの食人木には、戦い慣れていない只の人間では、避けようもない。
「リア!」
下からティナが呼んでいる。リアトリスは不安定な体制を維持しながら、左腕に力を入れた。
アームカバーが外れて、そこから隠し刃が飛び出してくる。その刃を使って蔦に斬りかかるが、
思ったよりも太く、硬い為に、なかなか切り離せない。リアトリスは舌打ちをする。あまり大きな音を立てたくはなかったが、
このまま食人木の餌になるのは真っ平御免だ。
リアトリスは、背負ったままのライフルを外す。自分を捕らえる蔦に狙いを定めた。引き金を引いて、
躊躇なく発砲する。重たい音が響いた後、急激な浮遊感がリアトリスを襲った。例え受身を取っても軽傷では済まない高さだ。
リアトリスは一瞬で状況を判断し、白い布に触れる。
「守れ!」
その声に呼応するかのように、白い布ははためきながら、リアトリスから離れた。
徐々に大きく広がると、まるで網のように形状を変えて、周囲に張り巡らせていき、
落下するリアトリスを受け止める。ゆっくりと、地上へと降り立ったリアトリスに、ティナが駆け寄ってきた。
「リア、だいじょうぶ、ですの?」
「ああ。なんともねえよ」
白い布から降りて、リアトリスはその場に落ちていた拳銃を拾い上げた。パキパキと、罅割れる音がする。
目を向ければ、音を立てながら蔦が伸びていた一度捕らえた獲物を、逃がすまいとするかのようだ。
それは、リアトリスを一度は捕らえた食人木だけではなく、周囲に聳えていた木々からも伸びている。
どうやらこの一帯の木は、全て食人木だったらしい。
「ティナ、急ぐぞ」
他に落ちている道具を拾う時間すらなく、リアトリスはティナに言いながら走り出す。
その後ろをティナも追いかけるように走った。蔦はどこまでも追いかけてくる。リアトリスは、
時々振り返っては、執拗に伸びてくる蔦を煩わしそうに睨んだ。
「ったく、しつこいな!」
「ティナ、まかせる、ですの」
突然足を止めたティナが、迫り来る蔦の前に立ちはだかった。そして、両腕から大砲を出す。
その砲口に火花が走り始め、リアトリスの鼻腔を焦げた臭いが掠めた。
「ティナ、待っ……」
宙を掻いた手が、彼女の華奢な肩を掴んだ途端。ティナの大砲は爆音を立てながら、
眩い光を放った。その光に目が眩み、リアトリスは少しよろけた。
視界の点滅が無くなった頃、目の前で消し炭に変わった蔦が、ボロボロと崩れていくのが見えた。
ティナが誇らしげに、こちらを見て笑っている。
「……」
かなりの轟音がした。リアトリスは唇を噛む。只でさえ、ライフルの銃声で魔物を呼び寄せたかもしれないのだ。
それに加えて、ティナの雷撃ときた。しかも、人間が作った武器とは違い、彼女の攻撃は魔力を伴っている。
魔物からすれば、この森で魔物が抗争していると判断してもおかしくない。力を求め、ティナの魔力を追って、
魔物の大群が押し寄せてくる危険がある。魔眼狼の巣を見つけ、彼らを追い出すどころではなくなってしまうのだ。
「リア、どうしたの?」
そんなことも露知らず、どこまでも無邪気な顔でティナが問いかけてくる。
リアトリスは厳しい面持ちのまま、彼女に言った。
「過ぎたことを、とやかく言うつもりはねえ。でも、これからはおいらが言わない限り、
その大砲は出すな。いいな」
「なぜ、ですの?」
ティナが困惑した顔をする。彼女が少しずつ、人間らしい表情を取っていることに、リアトリスも気付いていた。
加えて、ティナがティナなりに、自分を助けようと攻撃したことも、理解している。しかし、今回は状況が悪かった。
「どうしてもだ。いいから、今はおいらの言うことを聞いてろ。早く行くぞ」
そう言うと、リアトリスは走り出した。
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