02
その岩山から数キロ離れた場所に、スウェインという村があった。先端が尖った丸太で、
要塞のように周囲を囲んだその村は、他の町村に漏れず、矢倉を構えている。そこに、
自警団が一人立っており、魔物の襲撃に備えていた。
「ん?」
その自警団の男は、遠くから何かが近付いてくるのを見た。急いで望遠鏡を取り出し、そこに目を当てる。
一瞬鳥かと思ったが、どうにも違う。ぐんぐんと近付いてきた、その姿がはっきりと分かった時。
男は慌てて警鐘を打ち鳴らす。魔物が接近していることを知った、無力な村人達は、悲鳴を上げながら、
農村の仕事や洗濯物を放り投げて、家の中に駆け込んでいく。牛や鶏も怯えたように、落ち着きなく暴れ始めた。
矢倉から駆け下りるように、はしごを下る自警団の男は、集まった仲間達のもとへと急ぐ。
「また来たぞ! 怪人鳥の群れだ!」
「人民の避難は!?」
「あらかた済ませていますが、」
言葉の途中で、自警団の一人が一瞬で姿を消した。少し遅れて、他の自警団が気付けば、
黒に近い、紫の翼を持った怪人鳥が、武装した成人男性を両足で掴み、
軽々と空を飛んでいる。自警団の誰かが叫んだ。
「群れ長だ!」
「撃てェェェ!」
その言葉に従い、残りの自警団が空に向けて発砲した。翼を羽ばたかせる女が、野兎を捉える鷹のように、
開いた足で一人の男を捕らえた。その力強い足で掴み上げられ、男は拳銃を落としてしまった。
地上に残る数人の自警団が、空に向けて何度も弾を打つが、疾風の如く飛び回る怪人鳥には、一つも当たらない。
獲物を持ち、その重さで幾らか動きが鈍くなっている筈の怪人鳥にさえ、当たらないのだ。
幼体に発砲するが、大人がそれらを完全に守るので、掠りもしない。
「アタシらを舐めてもらっちゃ、困るってのよ」
指令を出していた団員の頭が、頭上からの声と共に掴まれる。
みしみしと、頭蓋骨に罅が入るような嫌な音が、骨に反響して響いてくる。
「最速を謳う、アタシら怪人鳥に、そんな弾が当たるとでも?」
左の掌越しに骨が砕けるのを感じたヒースコートは、その獲物を宙へ放り投げた。
すかさず、飛んできた大きな鳥の魔物が、二羽がかりで獲物を受け止める。ヒースコートは地上に舞い降りて、
周囲を見渡した。襲い掛かり、息の根を止めた人間達に、子供が群がって頬張っている。
「さあ、アンタ達」
と、ヒースコートが子供達に向かって声を掛ける。
「今の見ていたでしょ。今度は、アンタ達も手伝って頂戴。いきなり狩れなんて、そんな酷なことは言わないわ。
民家に閉じこもった獲物を、追い出してくれれば、それでいいから」
その言葉に、子供達が立ち上がる。血に濡れた口の周りを手の甲で拭い、小さな翼で羽ばたきながら、
子供達が民家へと向かっていく。その小さな足で、窓を破壊して、中に入り込んだ。
途端に、悲鳴があちらこちらから聞こえてくる。そして、魔物の幼体に追い立てられた人間が、
半狂乱で家から飛び出してきた。それを待っていたヒースコート達が、正面から襲いかかる。
逃げ惑う人間達に、あっという間に追いついたヒースコート達は、その強靭な足で引き倒し、
猛禽類の足のように、変化させた手で首を切り裂いたり、心臓を貫いたりして、トドメを刺す。
悲鳴と怒号、銃声が響き渡る中で、ものの数十分で、あらかたの人間を食い倒した怪人鳥の群れは、
嵐のような激しさで村から去って行った。怪人鳥は、
普段は人間といった、高カロリーな生き物を食すことは無いのだが、この繁殖期はどこも、人里を襲うことが多かった。
半壊した村の被害は、酷いものだ。どうにか生き延びた自警団が、呻くように呟いた。
「……まさか、群れ長自ら来るとは……っ」
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