03
リアトリスは家内に村人を預けると、ティナが戦う場所へと駆け戻った。
魔眼狼達はこちらを警戒するように、唸り声を上げている。しかし、すぐに駆け出していった。
それを見て、リアトリスは少し肩の力を抜く。
「ティナ、もういいぞ。ありがとな」
「ティナ、よくできた、ですの?」
「うん。よく出来たよ、上出来、上出来」
そう言えば、ティナはまた嬉しそうに微笑んだ。大砲が収納されて、再び腕をくっつける。
それを見て、リアトリスは場違いにも「よく出来てんなあ」と感心した。
魔眼狼を退けて、ラントフト村も少しずつ落ち着きを取り戻していた。
襲われた村人は、ゆっくりと休んでいるらしい。破損した家畜小屋や、荒らされた畑の修復作業を手伝っていたリアトリスに、
村人が恐る恐る尋ねてきた。
「あ、あの……あの魔物達は、もう来ないですか?」
「残念だけど、あいつらがこのまま立ち去るとは思えねえな」
不安そうな眼差しに、リアトリスは心苦しくなる。
魔眼狼は珍しく群れを作る魔物だが、一箇所に留まらず、あちこち転々と動いている。
周辺で餌が取れなくなった頃に、再び移動し始めるのだが、此処にはラントフト村があり、
他にも多数の小さな町や村が点在している。ここで駆除しておかなければ、人の味を覚えた彼らは近場の町村を襲う。
このままでは、ラントフト村以外も被害が出始めるだろう。
魔眼狼に限らず、餌が豊富な場所を魔物は選んで滞在する。小動物が多く、彼らを狩る獣がおり、
更にそれを捕獲する人間の多い場所を、人肉の味を覚えた魔物は好む。それは、今回初めて人を襲った魔眼狼もそうだ。
まだ、魔眼狼は群れで近隣に屯しているかもしれない。それに、留まっている間の巣穴も、見つけておいた方がいい。
「あの……?」
神妙な顔で黙りこくるリアトリスに、おずおずと村人が声を掛ける。
「あいつらのことは、おいらに任せてくれたらいいよ」
「では、なんとかしてくれるんですか?」
いつの間にか、周囲に集まっていた村人達の顔が明るくなった。
村長夫妻に借りた一室で、リアトリスは駆除の準備を進める。魔眼狼は毒の牙を持つので、
解毒薬も忘れないよう鞄に入れた。小瓶の中に入った解毒薬は、時折彼が作っているものだ。
弾薬や包帯など、先日買い付けた必需品を補充する。他にも、鼻が利く魔物の嫌がる臭いを発する、臭い玉。
半面防毒面は今回、持ってきていない。
しかし、それはこの白い布で代用すれば少しは凌げる筈だ。
――魔眼狼の毒には気をつけなきゃいけねえ。
でも、それよりもっと気をつけなきゃ、いけねえのは……
以前アストワースに行った際、見かけた魔物ハンター達の姿が脳裏を過る。
彼らと顔を合わせるわけにはいかない。魔物退治をしていると、知られるのも避けたかった。
「リア、どうしたの?」
ティナののどかな声に、リアトリスは顔を上げる。
「いや、なんでもねえ。そろそろ行くぞ」
鞄を掴み、立ち上がったリアトリスに、ティナは「はあい」と両手を上げて返事をした。
両手を地面と水平に伸ばしながら、トコトコとリアトリスの後ろを歩く。
「どこ、いく、ですの?」
「ウェルド森林だ」
そこは、ラントフト村から一番近い場所にある小さな森だった。
そこには、小動物も多く存在し、それらを捕食する狐や鼬、クマといった大型の獣もいる。
本来、彼らを獲物とする魔眼狼の群れも、そこにいると考えたのだ。その森を抜けた先には、
アストワースの町が見える。危惧すべきなのは、魔物ハンター達との接触だ。
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