02


「どうしたんだ」
「ま、魔物が……見たこともない、魔物が……」

 息も絶え絶えに言う男の言葉を聞いて、リアトリスはライフルを引っつかむと、即座に駆け出した。
 その後をティナが追いかける。

 悲鳴が大きく聞こえてくる。既に魔物は、村の中に足を踏み入れているらしい。そうして、
 駆けつけたリアトリスが見たのは、獣型の魔物だった。
 大きな身体で紫の毛色、額に目玉。そんな特徴を見たリアトリスは、すぐにその魔物が何であるか判断した。
 魔眼狼ダイアウルフだ。しかし、魔眼狼は普通大型の獣を餌とする。
 人間を襲うなど、聞いたことがない。しかし、彼らは人間を襲っている。

「た、助け……」

 足がもつれて転んだであろう老父の上に、あっという間に魔眼狼が覆い被さった。
 食い千切られる様子を、間近で見てしまった若い女が、金切り声で悲鳴を上げる。子供の泣き喚く声が聞こえてきた。
 リアトリスはライフルを構えると、空に向けて一発撃った。

 耳を裂くような音に、人々の動きが一瞬止まる。その隙に、リアトリスは叫んだ。

「全員、屋内に入れ!! 絶対に出るな!!」

 その強い怒声に従うように、村人達は一斉に近くの家々へ駆け込んでいく。
 村人を捕らえる魔眼狼に向けて、リアトリスはもう一度発泡した。銃弾は、魔眼狼の額の目玉を正確に打ち抜く。
 子犬のような悲鳴を上げ、村人から魔眼狼が離れた。

「ティナ、魔眼狼を頼む!」
「はい、ですの!」

 言われた通り、ティナは魔眼狼達の群れに向かっていく。
 両腕を彼らに向けると、すぐに腕が外れて、中から大砲が飛び出した。その砲口に紫色の光が集まっていく。
 空気を焦がす音や臭いと共に、今度はその砲口から紫電が放たれた。直撃を避け、空中に飛んで、
 襲いかかってくる魔眼狼を、ティナの紫色の瞳が捕らえる。大きく口を開ける魔眼狼の口腔内に向けて、ティナは再び紫電を放った。

 ティナが魔眼狼達を相手にしている間。リアトリスは、魔眼狼から開放された村人のもとへ駆けつける。
 激しく顔を噛まれていた。毒を流し込まれたのか、唇は紫色になり、顔色も酷く悪い状態だ。
 小刻みに震えている。リアトリスは噛まれた場所を探す。

 袖やズボンの裾を捲り、右の脹脛が腫れ上がっているのを見つけた。
 鞄から消毒薬と解毒作用のある薬品、水筒、包帯を取り出す。まず水筒の水で患部を洗い流し、
 それから手馴れた様子で道具を使いこなして、包帯をぐるりと巻いた。魔物に襲われた際の手当は、
 迅速に行わなければならない。手順を間違えたり、もたもたしていると、あっという間に壊死や壊疽に繋がってしまうのだ。

 次に携帯型の水筒を取り出すと、その蓋を開けた。丸薬の入った小瓶を鞄から取り出して、
 中から二粒丸薬を掌に出した。震える村人の口の中に丸薬を押し込んで、ゆっくりと少しずつ水を飲ませていく。
 この丸薬はリアトリスが、手に入る薬草で作った解毒剤だった。

 村人が丸薬を飲み込むのを確認して、リアトリスは彼を背負う。
 体格が小柄なので、自分より大きな人間を背負うのは、やや苦労したが、それでも近くの家内へ彼を運ぶ。
 解毒剤を飲ませたので、あとは安静にしていれば問題はない。



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