05


 時計台の屋根から、夥しい量の血液が雨のように降り注いだ。その血液に混じって、
 オズバルドの腕や頭部、足や胴体の一部、果てはただの肉片が落下した。
 その血溜まりに舞い降りたシェリーの耳が、小さな笑い声を拾った。彼女の赤い瞳が、声の主を探す。

 血の海の中に、バラバラに転がっていた肉片が、ゆっくりと一箇所に集まっていた。
 脈打つように動きながら、まるで芋虫のように動いていた肉片が、徐々に原型を留めていく。
 そして、ようやく胴体と四肢が完成した。腕がぎこちなく動きながら、何かを探すようにその手が伸びる方向には、
 オズバルドの首が転がっていた。血を浴びた金茶色の髪は、錆のような汚い色へ変わっている。
 その唇が動いた。

「酷いことするねえ。バラバラになっちまった」

 伸びた両腕に抱えられ、首はもとの場所に収まる。シェリーが唇を歪めた。

「そうだったな。おまえは、弱点を潰さない限り死なない魔物だったな」
「再生力だけは天下一品ってね」

 すっかり元に戻ったオズバルドは、首をぐるぐると回し、
 腕の感触を確かめるように握ったり開いたりしながら、シェリーを見て笑った。

「軽口を叩くのはこの辺で、少し真面目なお話。おまえさん、弱くなったんじゃないか?」
「あたしが、弱くなった、だと?」

 おっと、危ない。
 そう言いながら、オズバルドが自分の左足を掴んで、ぐるりと捻る。後ろを向いていた爪先が、
 シェリーの方を向いた。そして、唇を吊り上げて笑う。

「以前なら、こんなに早く再生出来なかった。どうしたよ」

 シェリーは答えなかった。

「おまえさんが弱くなったことを知ったら、ラスト様は大層お嘆きになり、
悲しまれるんだろうねえ。ねえ、シェリー」
「……オズバルド。一つ聞くが、何故、あたしの行動を阻止しようとする。
ラストの為か? 今更、ラストに心酔したのか?」
「ラストに?」

 高い声でそう繰り返し、オズバルドはわざとらしい程に大きな声で笑った。

「あっはっはっはっ……はあ。よせよ、あんな王様気取りに、くれてやる心の余裕はないね」
「なら何故、あたしの邪魔をする」
「邪魔か……。……なあ、シェリー」

 ふと、オズバルドの声音が変わった。

「オレはね、おまえさんが共に歩もうとした奴が、魔王さんと同じくらいに、強い魔力を持っていたってなら、
干渉するつもりは毛頭なかった。だが、あいつは駄目だ。捨て置け」

 オズバルドは左手で額を抑え、緩やかにかぶりを振った。

「魔力も能力も弱過ぎる。だからおまえは、あいつを守ろうと躍起になるんだろう。
だが、シェリー。魔物の力は、守る為のもんじゃない」

 いつもの飄々とした声ではなかった。低く、威圧するような鋭さを帯びている。
 オズバルドから、黒く怖気を感じさせる魔力が、溢れ出していた。
 オズバルドの青緑色の瞳が、じわじわと赤く染まっていく。

「あの混血ハーフブラッドと一緒にいれば、おまえは否応なく守る為に動いてしまう。
そうして、どんどんと力が衰え、やがておまえは、失望したラストに殺される。
魔王さんが、己の命を賭して守ろうとしたおまえが、無様に死んでいくのを、オレは許せない。
魔王さんが、何の為に死んだのか、その理由を壊すような真似、見過ごすわけにはいかない。
オレは、魔王さんが死んだ理由を守る為に、おまえが強い魔将のままでいられるように、
そう願って動いているんだ」

 オズバルドの声音は怒気を孕んでおり、いつもよりも早口で、捲し立てていた。
 それを見て、シェリーは僅かに眉を潜める。

「なにを言っている」

 シェリーの赤い瞳が、更に色を濃く染めていく。

「容量を得んな。だが、一つだけ分かる。おまえはあたしやあいつを理由に、
魔王を失った痛みを誤魔化そうとしているだけだ」
「誤魔化している? ふん、……それを、おまえさんが言うかね」

 鼻で笑うオズバルドのその言葉に、シェリーは眉を上げる。

「おまえだってあの魔物モドキを使って誤魔化そうとしているんだろう。
魔王さんを失った悲しみ、魔王さんを殺した痛み。それらが生み出した傷跡を、あの出来損ないを利用して、
塞いでいるんだろう。あのシェリーが、半端者なんかを大事に思うワケがないもんなあ。
おまえのそれは、傷跡を塞ぐ為の道具に対する、ただの執着だろうが」
「……執着くらいするさ。失いたくないからな。そして、あいつもあたしを求めてる」

 シェリーはオズバルドを睨みつけた。

「誰がなんと言おうと、あたしがあいつに向けているのは、愛情だよ。
あたしはあいつを手放すことはしないし、あいつもあたしから離れない」

 いや。と、シェリーは真っ赤な唇を吊り上げて笑った。

「決して、がしはしない」



[ 27/110 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -