04
シェリーは、また別の魔将の魔力を感じた。その強力な魔力で消えてしまっているが、
そこにディックがいるのは分かっている。シェリーはその美しい顔を、忌々しそうに歪めた。
早く、彼の元へ向かわなければならない。しかし、それを阻止するように、目の前にオズバルドがいる。
オズバルドは、まるでシェリーの動きを見越したかのように、突然やってきた。
ディックの元へすぐ駆けつけられるよう、目印として影に魔力を忍ばせている。そこを扉として、
シェリーは自在に彼の傍に向かうことが出来る。しかし、シェリーは足止めを食らっていた。
いや、行こうと思えば今すぐにでも、ディックのもとへ駆けつけることが出来る。
しかし、オズバルドが追いかけてきた時。彼を更に窮地へと追い込んでしまう。
混血という弱い生き物は、魔将には絶対に勝てない。
だからあたしが、彼を守り抜いてやらなければ。誰にも壊されないように、いつでも守ってやれるように。
何処にも行かないように。見張って、縛って、制限して、愛してやらなければ。
「オズバルド、どういうつもりだ」
シェリーの蒼い目は、苛立ちと焦りから赤く染まっていた。周囲には、彼女の魔力が漂っている。
けれども、それを更に上回るように、オズバルドの強い魔力も立ち込めていた。たまたま、
空を横切ろうとしていた小鳥や、周囲を飛んでいた蝶が、強烈な毒気に当てられて、次々と地面に落ちていく。
「さあて、ね。ただ、あの混血の所に行かせたくないだけなのさ」
「おまえに、あたしを止める権利があるとでも?」
「んー。オレには、おまえさんを止める権利はないさ。でも、行かせたくない気持ちは分かってくれよ。
今、そいつの傍にはご立腹のヒースコートがいるんだ」
「何故、ヒースコートがあいつの傍にいる」
オズバルドは気さくな笑みを浮かべた。
まるで井戸端会議にある、「近所の誰某が結婚したらしい」と、人間が言うような口ぶりで告げた。
「先月、おまえさんが焼き殺した怪人鳥達がいたろう。
その仇討ちだ」
「何故おまえが、怪人鳥のことを知っている」
「オレの所にも、そうやって報告してくれる手下はいるんだ。オレは良かれと思って、そのことをヒースコートに伝えただけさ。
そうしたら、そのしわ寄せが”たまたま”、混血に来ただけの話だろう」
シェリーは唇を噛む。確かにディックも、何匹か斬り倒したが、そうさせたのは自分だ。
大半を手に掛けたのは、シェリー自身だった。そして、ヒースコートがディックを目の敵にして、
襲いかかっている。混血が、魔将に敵う筈がない。脳裏に、彼の死に様が思い浮かぶ。
そして、かつて魔王と呼ばれた男の死に様も、蘇ってきた。
奪われてたまるかと、シェリーは拳を握る。
「……そこをどけ、オズバルド」
シェリーの黒い髪が、溢れ出す魔力で靡いた。青白い炎が、その腕に絡みつくように生み出される。
絶えず散っていく、その火の粉に当てられて、彼女の漆のような黒髪や赤い瞳、唇が恐ろしい程の美しさを放つ。
「だったら魔物らしく、力ずくでどかしてみなよ」
からかうようなオズバルドの言葉に、シェリーの整った眉が動いた。高火力の炎が、オズバルドに襲いかかる。
時計台の屋根に足を付けたオズバルドは、足元から新たに吹き上がった、青白い炎に呆気なく飲み込まれた。
それから、間髪入れずに背後から胸部を貫かれる。剣のように、黒く鋭い魔力が、胸から覗いている。
「相変わらず、容赦ないねえ」
笑いながらオズバルドが言った途端。
更にその黒い魔力は、まるで枝が芽吹くように、幾つもの突起を生やし出した。それを目視した瞬間に、
身体は青白い炎に包まれる。そして、黒焦げになっていく身体が、一瞬にしてバラバラに切り裂かれてしまった。
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