02
黒に近い、紫色の羽毛に覆われた太い足には、真っ黒な鋭い爪が生えている。
まるで、猛禽類が小動物を襲うような、そんな猛々しさを纏っていた。襲いかかるその爪を、
ディックは間一髪で防いだ。魔剣を構えた両手が、雷に打たれたように痺れる。
「……アンタ、シェリーの所にいる混血でしょ」
「シェリーに、何の用だ」
威圧的な低い声で、そう言ってくる魔物に、ディックはそう返す。
「その反応から察すれば、当たりみたいね」
最初の一撃はとても重く、ディックは容易に押し返すことが出来なかった。
そのまま、じりじりと後退させられる。その魔物は唇を小さく歪めた。嘲笑うような笑みだった。
「アタシはヒースコート。でも、覚えなくていいわよ。落とし前を付けに来ただけだから」
魔剣を握る手に力が入る。背筋に冷たい風が通り過ぎるような、薄ら寒さが走った。
体の奥底から、じわじわと不安と恐れが沸き上がってくる。この重圧を感じさせる、
強力で怖気のする魔力の質から、ディックはヒースコートが、魔将であることに気付いた。
じんわりと、額に脂汗が浮かぶのが分かる。シェリーと一緒にいて、慣れている筈の毒気を含んだ魔力に、吐き気を催した。
何かが込み上げてくるような、あの熱を帯びた嫌な感覚が蘇る。
「落とし前……?」
「殺した奴のことなんか、もう忘れちゃう? 怪人鳥の群れを、殺したのはアンタなんでしょ」
「怪人鳥……」
それで思い出した。先月葬った魔物の群れを、シェリーはそう呼んでいた。
その仲間が、何処で情報を知ったのかは知らないが、仇を取りに来たらしい。
ヒースコートの金色の瞳が、冷たい光を放つ。
「……オズバルドの言葉は、正しかったようね」
不意に呻く声を聞いて、ディックは素早く左目を動かした。リアトリスの姿を捉える。
口元を手で抑えながら、両膝を付いていた。抑えたその指の間から、吐瀉物が溢れているのが見える。
シェリーと対峙した時は、嘔吐するまで行かなかった彼が、その場に吐き散らしていた。
ディックは気付いた。魔物の血を引いており、シェリーの魔力に慣れている自分でさえ、
吐き気がする程の、毒気を含んだ魔力が周囲に満ちているのだ。魔物と戦闘を何度も重ねてきたとはいえ、
リアトリスはただの人間でしかない。魔物に対する思考や感情よりも先に、身体が危険を感じているのだ。
「リア……っ」
駆け寄ろうとした次の瞬間。ヒースコートが軽やかな動きで、右足を魔剣から離し、
間髪入れずに、強烈な蹴りを繰り出してきた。咄嗟に魔剣を振り上げたが、肉から骨へと伝わる、
痺れを感じさせる程の勢いに、ディックは思わずよろめいてしまう。その隙を突くように、
ヒースコートは両足と左腕の爪を駆使して、何度も飛びかかってきた。
「アタシと戦っている最中に余所見するなんて、随分余裕じゃない?」
ディックは、魔剣を振り上げてその攻撃を防ぐだけで精一杯だった。
リアトリスが心配だが、気に掛ける隙も無い。ディックは必死に左目を動かし、ヒースコートの動きを捉えようとする。
しかし、彼はどんどんと加速しているようで、目で追いかけることも、難しくなってきた。
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