06


 全身傷だらけで、青ざめた顔で、やつれた姿で女は戻ってきた。そのことに驚きながらも、
 街の人々は皆彼女の帰還を喜んだ。スコット達も泣きながら喜んだ。しかし、女は酷く憔悴しており、
 いつまでも震え続けていたという。明るく、笑顔の似合う快活な女性だったが、戻ってきてから一度も笑うことなく、
 言葉を発することもなく、いつも家の中にいた。外に出ることを、極端に嫌がった。

 余程恐ろしい目に遭ったのだろうと、家族も町の人間も、彼女に何があったのか問い尋ねることは無かった。
 問題が起こったのは、それから三ヶ月後のことだ。女の腹が急激に膨れ始め、女は「痛い」と口にし続けた。
 腹部を押さえ、脂汗を掻き、その辺りにあるものを掴んでは激しい呼吸を繰り返す姿に、
 呆然としていたスコットは、女を介抱しようと駆け寄った父に言われて、医者を呼びに走り出した。

 医者と共に駆け戻ったスコットが見たものは、床の上でうずくまる女の姿だった。
 その傍らには泣き声を上げる、異形の赤ん坊が転がっていた。血や液体に塗れたその醜い姿は、
 まさしく魔物であり、女と赤ん坊を、恐れるように眺める両親の姿があった。

 女は魔物の子供を孕み、産み落としてしまったのだ。

 それから、どうなったんですか。そう聞くのも憚られ、ニルスは黙っていた。
 しかし、スコットは淡々と話し出した。
「赤ん坊はすぐ殺されたよ。殺したのは俺の親父だ。金槌で、気が狂ったんじゃないかってくらい、
何度も、何度も頭を殴打していた。死体は、自警団の奴らが持って行ったんだが、
たぶん外で、川にでも流したんだろうな」
「その女の人は、何もなかったんですか?」
「死んだよ。自分の部屋で、首を吊って」

 はっきりと告げられた言葉に、ニルスは顔を伏せた。
 「とにかく、」と、スコットが声音を変えたのを聞いて、ニルスは背筋を伸ばした。

「その赤ん坊は、赤ん坊とはいっても低レベルな魔物と、同じくらいの魔力を、持っていたと思う。
少なくとも、ただの人間を怯えさせるくらいにはな。俺が見た例もそうだが、大抵は畏怖の象徴であるが故、
早々に処分される。それが、大人にまで成長したとなれば、充分危険な存在に変わりない。
力だって、人間にとって驚異と思う程、強くなっている筈だ。見た目も気配も、殆ど人間と区別出来ない分、
魔将よりもタチが悪い。カーター、これは元魔物ハンターだった男として言っておくぞ。
そいつにしろ別の奴にしろ……、そうした種族と出会った時は、迷わずブチ殺せ」

 スコットの目は、魔物ハンターだった頃と同じ、憎悪の炎に燃えている。
 ニルスは生唾を飲み込んだ。その声音と視線が、妙な怯えを呼び覚ます。

 その怯えを見透かしたように、スコットは更に強い口調で続けた。

「恐れるな。隙を見せるな。人間の姿を取っていても、魔力があればそれは魔物だ。
下手に心を許せば、足を掬われる」
「はい」
 頷いたニルスを見て、スコットは少し身を引いた。熱が入りすぎたことを恥じるように、居住まいを正す。
 それから、布の掛かった両足に手を乗せ、自分の腿をそっと撫でた。

「どれだけ人間の姿に近かろうが、魔物の血を引いている以上そいつは魔物だ。
常に、殺人衝動や闘争本能を抱えている。気をつけろよ、カーター」



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