05
「それで?」
長い沈黙を破り、スコットが静かに尋ねてくる。
「おまえの気になるものは、テオのことか」
「リアトリスのことは、……只の報告です。また会うことがあれば、話をしたいと思っていて……
それで、その話にも関係があるというか。オレがスコットさんにお聞きしたいのは、撃てと命じられた標的のことなんです」
ニルスは、赤い髪をした青年の姿を思い返した。どうしても、普通の人間にしか見えなかったが、
彼は魔法を使った。魔性の物と同じ力を使ったことは、確かだ。ニルスは、自分がその時感じたこと、
見たこと、聞いたことを覚えている限り正確に話す。
人の姿に近い魔物程、持っている魔力はとても強い。それ故に、魔将や、それに準ずるに魔物の殆どは、
人と変わらない姿ばかりだ。中には、持っている魔力を極力押さえ、人間と変わらない気配にすることが出来る魔物もいるものの、
魔将やそれに準ずる魔物と遭遇すれば、彼らの纏う気配は、人間とは異なるので注意深く観察すればすぐ分かる。
何故なら、そうした魔物の纏う気配は酷く寒々しいからだ。
幾ら力量の優れたハンターとはいえ、魔将ともなれば、対峙すれば震え上がる程だった。
隊長格ではないとはいえ、それ程の魔力ならニルスにも感じられる。
しかし、彼が魔法を放ったその瞬間ですら、それ程の魔力を感じることはなかった。
――一瞬だけ。
と、ニルスは思い出す。自然と口を吐いて言葉が出た。
「一瞬だけだけど、凄ぇ殺伐とした魔力は感じました……。
でも、それすら、人の姿を取る魔物程強くはなかったと思います」
混血かもしれない。
そう話していた、上の会話を思い出す。魔物と人間の交配種であり、人間とも魔物とも違う異質な存在。
人間と変わらぬ姿を取りながら、その内には魔物と同じ力や性質を秘めた危険な種族。
ニルスは唇を舐める。
「スコットさん。アレが、混血だったんでしょうか」
「その可能性は無きにしも非ずだな。だが、俺はその姿を見ていないから、
なんとも言えない。おまえは、どう思う」
「オレは、アレが人間とは思えません。少なくとも、魔物に準ずるものだと思います。
しかし、それなら一つ分からないことが出てきます。離れていたオレですら、一瞬だけですが、
アレから魔物みたいな魔力を感じました。人間じゃないことは、明白です。なのに、それなら何故リアトリスは……」
「そいつを助けるようなことをしたのか……」
言いたかった言葉の続きを、口にしたスコットを見て、ニルスは頷いた。
下っ端の魔物ハンターとして、時々エリックも交えて顔を合わせることもあった。
多少思慮の浅い部分はあったが、リアトリスは正義感が強い男だったことを、ニルスは覚えている。
彼とは同じような境遇だった為、自然と会話をすることが増え、少なくとも、ニルスは彼を友人だと思っていた。
魔物に対する憎しみも、任務への不安も、分かち合っていた。
あの赤髪の男が人間ではないことを、ニルスは理解した。自分に理解が出来たのだから、
リアトリスも彼の正体を知っている筈だ。しかし、何故庇うような真似をしたのか。
スコットはテーブルから離れると、両手で車輪を回しながらニルスの傍にやってくる。
車輪が木の板を踏みしめる、軋むような音が部屋に響いた。
「カーター。おまえはずっと、混血が、眉唾な話だと思っていただろう」
「はい。見たことないし、隊長格でも見たことが無い人ばっかりだし……正直、
アレがそうだとも思い切れなくて。そもそも、ヒトを見下す傾向がある魔物が、」
そこでニルスは口を閉じる。
人の姿を真似して、人の姿を取る魔物に限った話だが、時折面白半分に人間の女を攫い、
拐かす魔物がいることを思い出した。幸いなことに、ニルスの周囲ではそんなことはなく、
未だそういう報告を直に聞いたことはないが、その話は入団した時に何度か耳にしたことがある。
突如言葉を区切り、沈黙を生んだニルスをどう捉えたのか。
スコットはやけに真剣な表情で、ニルスを見つめた。
「誰にも言わなかったが、俺は混血を見たことがある」
「えっ」
声を上げるニルスに、スコットは低い声で続けた。
「俺がまだガキの頃の話だけどな。町が魔物に襲われて、女が一人姿を消したんだ。
皆、巣に連れ去られて食われたんだって、思っていた。俺も、親からそう言い聞かせられた。
彼女は死んだんだってな。だが、それから何ヶ月が経った時に、その女が戻ってきたんだ」
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