04
卯月の牡丹の日。
先日、数時間掛かったが、グルテール山に巣食う魔物の殆どを退治した。それから、報告書や傷を負った仲間の介抱、
命を落とした仲間の弔いなど、やることに追われていたニルスは、ようやく時間を確保出来た。
そんな彼が向かっていたのは、スコットという男の家だ。
二年前、彼の所属する部隊が壊滅し、彼は只一人生き残っていた。行方の分からないハンターも何名かいたが、
魔物に連れ去られたのだろうと、食われてしまったのだろうと、そう判断された。
捜索に割く程、人員に余裕は無かったのだ。
そのスコットもまた、救出された際、壊疽を起こした両足を切断せざるを得ず、今はひっそりと暮らしている。
灰色の石壁で覆われた、こぢんまりとした一軒家だ。深く呼吸をして、ニルスはスコットが暮らす家の扉を叩く。
二、三回ノックをした後で、静かに扉が開いた。
「はい、どちら様?」
出てきたのは、地味な印象を受ける女性だった。
折れそうな程に細身で、鳶色の目は訝しむようにこちらを見ている。
ニルスは、まず頭を下げた。
「突然、失礼します。ニルス・カーターといいます。以前、スコットさんに良くして頂いておりました。
本日、近くまで来ていたので、ご挨拶に伺いました」
予め考えていた挨拶を口に出せば、女性の表情は多少和らいだ。
「……そうですか。主人を呼んできますので、待ってください」
扉が閉まった。それから程なくして、再び扉が開く。
車椅子に乗ったスコットと、先程の女性が現れる。ニルスはスコットを見ると、深々と腰を折った。
スコットは別部隊の副隊長だったが、ニルスは何度か顔を合わせることがあった。それは、
彼がリアトリスと親しかったからだろう。なし崩し的に、関わるようになっていたのだ。
しかし、こうして顔を合わせるのは実に二年ぶりだった。彼の年は、まだ三十路前と若かった筈だが、
現役を退いた為か、一気に老け込んで見える。
テーブルを挟んで、ニルスとスコットは向かい合う。
出された茶に手を伸ばしながら、スコットが柔和に微笑んだ。
「久しぶりだな。二年ぶりか……いや、任務で会えなかった時期もあるから、どうだろうな。
ははっ、しばらく見ない間に、顔つきも変わった」
スコットは茶を口に含む。
「本当、変わった」
その表情と声音に、ニルスは気付かないようにした。
「スコットさんは、少し老けたんじゃないですか」
冗談混じりにそう言えば、スコットは「こいつ」と怒るふりをする。
彼はもともと、副隊長の立場にあり、武器を持てばその顔は、まるで鬼のように恐ろしいそうだった。
しかし、魔物と関わりさえしなければ、彼は朗らかな人物なのだ。
「何か気になることでも、見つかったのか?」
テーブルを挟んで座るスコットの言葉に、ニルスは「そうっすね」と頷いた。
「気になることといえば、そうです」
「はは、勿体ぶるんだな。何があった」
「……リアトリスを見ました」
そう言えば、スコットの微笑が止まる。
「いつだ」
「先日、弥生の……確か、菖蒲水仙の日です。
アストワースで……」
ニルスはスコットに、その日の出来事を報告した。全てを聞き終えて、スコットが口を開く。
「……あの部隊は、私以外に生き残りはいなかった。勿論、死体が未だに見つからない仲間もいるが……
状況と現場から判断して、助かりようがないと決定されたのだ。……カーター、それは確かなのか。その根拠は」
「根拠はありません。しかし、あれは間違いなくリアトリス・テオでした。友人には勘違いと一蹴されましたし、
証拠として論ずるものは何もありません。しかし、オレはオレの目を信じています」
「……………」
しばし、時計の針が時間を刻む音が響いた。
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