03


 陽が暮れた山は危険だ。夕刻には下山しなければならない。ハンター達は、皆無言山を下っていた。
 探索中に、分隊長が言った言葉を、ニルスは自分の中で反芻していた。

「魔物は元々その辺りにいるから、同じ場所に密集していてもなんら可笑しなことはない。しかし、この数は異常だ」

 通常、魔物というものは単独で行動することが多い。それは、彼らが競争社会を生きる為である。
 とはいえ、十数匹からなる群れを作る魔物も、少数だが存在する。怪人鳥ハーピー魔眼狼ダイアウルフ角兎ジャッカロープなどもその類だ。
 そうした群れは種族にもよるが、六十から百平方メートル程の縄張りを持つことが多い。怪人鳥ハーピーなどは密集した岩山や山岳地帯の、
 広範囲を縄張りに持つ。

 しかし、グルテール山はここまで見てきた中でも、実に三十種以上の魔物の姿が確認出来た。
 そう大きくはない山に、それだけの魔物が密集している。その見かけた三十種の中にも、何体か群れを形成する魔物の姿もあった。

 何か良くない気がして、ニルスは周囲を見渡す。仲間達は皆、無言で下山している。
 僅かな物音でも反応出来るよう、行軍中は私語を慎むものだ。
 土を踏み締めながら、ひたすら下山していた一行の動きが止まる。周囲から魔物の鳴き声が聞こえてきた。
 いや、鳴き声というには様子がおかしい。叫び声のようだ。激しく争うような音も聞こえてきた。

――縄張りに入り込んじまったか!?

 ニルスはそう思ってライフルに手を掛ける。仲間達を見れば、同じことを考えていたのか。
 身体にぴったりとくっつけ、銃口を茂みに向ける者もいた。声や音はその先から聞こえてくる。
 分隊長の指示で、ニルスは指定された、二名の魔物ハンターと共に、茂みの向こうへと向かった。

 極力姿勢を低くして、その状態でなるべく音を立てないように走る。
 ライフルの銃口を正面に向けたまま、彼らが辿り着いた先で見つけたのは、何か大きな魔物だ。
 そして、それに群がる小さな魔物の群れがあった。距離は離れていたが、咀嚼する音が聞こえてくる。
 大きな魔物は威嚇するように咆吼しているが、周りの魔物は意にも介さない。群れの数は、ざっと見ても五十近くはいるだろう。

 しばらく様子を見ていたニルスは、不意にその魔物の一匹が、傍にいた別の一匹に噛み付いたのを見た。
 それを境に、瞬く間に群れの中での食い合いが始まった。ニルスは顔を顰める。

 魔物の同族殺しや共食いという行動は、別段珍しいものではない。群れで生きる魔物には、時々起こる現象だ。
 魔力が密集していると、感情の昂ぶりに似た状態に陥り、本能のままに争うらしい。
 しかし、

――同じ場所で、こうも連続して見るものか?

 ニルスは何かこのことが引っかかった。
 元々群れで暮らす種ならともかく、基本的に大勢の魔物が一箇所に集まることはない。
 しかし、このグルテール山に棲む魔物の数は多かった。いや、多過ぎるのだ。それこそ、此処に来るしか無かったように。
 魔物達が酷く興奮しており、何処か飢えているようにも見えるのは、その数に問題があるのではないか。ニルスはそう考える。

「おい、そろそろ引くぞ」
「ああ」

 仲間の声に先導され、ニルスはそっとその場を離れた。

 偵察から戻った二人は、分隊長に共食いが起こったことを説明する。そして、そこにいた魔物の数も報告した。
 目視だが、ざっと見て五十近くはいた筈だ。共食いが起こってはいたが、溢れ出す血の臭いにつられて、それより多くの魔物が集まってくるだろう。

 対して、このニルス達は分隊である為に非常に少数だ。幾ら彼らが、魔物退治に優れた人間とはいえ、
 興奮状態に陥った魔物が群れを成して襲ってきた場合、この人数で戦うことは難しい。

「すぐ隊列を……」

 分隊長がそこでことばを区切り、言い直した。

「総員、構えろ!」

 その言葉を聞き、ニルスやエリックはすぐにライフルを構えた。その指示にまごついたのは、ほんの一人か二人程だ。
 どちらも、実戦に配属されたばかりの新人だった。その次の瞬間、彼らの頭上から魔物が飛び出してくる。

――っ!」

 指示が放たれた途端、幾つもの銃声と銃弾がその場を飛び交った。まごついていた新人は、
 慌ててライフルを構えようとするも、それよりも早く飛びかかってきた魔物に襲われてしまった。
 他のハンターが、魔物だけを器用に打ち抜くが、既に顔中噛み付かれており、酷い出血だった。

 喋ることも儘ならず、呻くハンターを魔物から引き摺り剥がすエリックに、襲いかかる魔物をニルスが撃ち抜いた。
 しかし、だれだけ撃ち続けても魔物の数は一向に減らない。そして、周囲を魔物が取り囲んでいる為、
 逃げる為の道が防がれている。戦い続けるしか道はない。もしかしたら、先程離脱した時に、付いて来たのかもしれない。
 浮かんだその考えに、

「ったく!」

 ニルスが顔を顰めながら、吐き捨てる。

「面倒臭ぇな!」



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