02
皐月に差し掛かろうとしたその日。
ニルスとエリックは、今度はグルテールという地方に来ていた。アストワースやスウェインから、南下した僻地にある。
小回りの聞く分隊は更に遠くまで、足を運ぶことになったのだ。ニルス達が所属する分隊は、
近頃魔物の目撃情報や被害が増加しつつあった、南部の調査に向かっていた。
そうして気付いたのが、北部で目撃例が減少したのとは逆に、南下するにつれて、魔物の数が多くなっていることだった。
少し進む毎に飛び出してきて、血走った目で襲いかかってくるのを始末した。ハンターを雇えず、
個人で出ていた荷馬車を襲ったのか、馬肉や人肉を食らう魔物もいた。必死で食い散らかすその様は、
何処か飢えているようにも見える。
魔物を恐れる村民の要望で、一行はグルテール山へ入った。山菜や動物肉を採る為に、時々村人が入るそうだが、
最近は多くの魔物が住み着いたことで、足を踏み入れることは出来ないらしい。「だから、食事がああも質素なのか」とニルスは納得した。
恐ろしい魔物が住み着いている上に、今まで食を繋いでいたものが、満足に手に入らない。
兎肉や猪肉なども、魔物が殆ど食い散らかしてしまって、こちらには渡ってこない。
――それじゃあ、確かに飢え死にしそうなもんだ。
ニルスはぼんやりとそう考えていたが、グルテール山に足を踏み入れた途端。
背筋から指先にかけて、激しい怖気を感じた。魔将かと思ったが、そうではないらしい。
行軍は止まっていた。先頭の分隊長が足を止めていたからだ。
「ぶ、分隊長……?」
一番近くにいた魔物ハンターが声を掛ける。山の気温は冬のように肌寒く、そして酷い頭痛や吐き気を催させた。
一人、また一人と反射的に半面防毒面を装着する。
「すまない。行こう」
ようやく分隊長が足を動かし始め、それを見て行軍が再開した。
あちらこちらから銃声が響く。それに引き寄せられたのか、次々と魔物が飛びかかってきた。
幸いなのは、魔将のように知能の高い魔物が少なかったことだろう。異変が起こったのは、
交戦が始まってしばらく経った頃だ。突然、魔物の一匹が同じ群れの魔物に噛み付いたのだ。
そしてそれを皮切りに、魔物同士での食い合いが始まった。
「共食いか」
誰かの声は、放たれた銃声で掻き消される。こちらから戦意が外れたとはいえ、放置しておくわけにもいかない。
魔物ハンター達は引き続き、魔物に発泡し続けた。やがて、最後の一匹をエリックが撃ち倒したのを見て、ニルスは自分のライフルを下ろした。
分隊長が分隊の状況を確認し、落ち着いたところで行軍を再開させる。
数時間にも及ぶ連戦に、ハンター達はいささか疲労しているようだった。そして、それはニルスやエリックも同様だ。
山に棲むあらかたの魔物は、退治したのではないか。そう思う程、激しい戦闘であった。
「……気付いたか?」
疲労した溜息と一緒に、エリックが声を掛けてくる。
「何に」
同じような声のトーンで、ニルスが返した。
額にひと房張り付いた黒髪を外しながら、エリックが言う。
「魔物の目」
「ああ、それな……。赤かったな、皆」
周りのハンターが分隊長のもとへ集まるのを見て、ニルスとエリックも付いていく。
分隊長は勿論、恐らく誰もが気付いていた。遠くから、魔物の鳴き声が聞こえてくる。
「疲れている所を申し訳ないが、もう少しこの山を探索する」
分隊長の言葉に、ニルスは空を仰いだ。
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