02
深い雪が降り積もる、草原や森を抜け、そうして彼女が辿り着いたのは、凍り付いた小さな村だった。
村の奥まで、ずっと澄み切った氷が続いている。木も土も、家屋も全てが凍りつき、
その中では倒れ伏す人間の姿も、ちらほら見えた。村の中に足を踏み入れ、奥へと進む毎に、
閉ざされた氷の中で眠る人間が、多くなってきていた。皆、恐怖や苦悶に顔を歪めており、
よく見れば胸部を貫かれていたり、腕を失っていたりする者が多いことに気付く。
シェリーは、その奇妙な魔力に導かれるように、村の中を進んでいく。
ふと集中を乱せば、すぐに掴めなりそうな程、酷く弱々しい魔力だ。
やがて、全てが凍り付き、しんしんと雪が降り積もるだけの静寂な世界で、シェリーはその少年と出会った。
赤い髪をしたその少年は、暗く沈んだ顔のまま、ぼんやりと正面を見つめている。
その残された翡翠色の左目が、自分を認識しているかどうかは、シェリーには分からない。
少年の右目は大きく潰れ、茶色く乾き切った血の跡があった。よく似た顔立ちの女の亡骸と共に、
彼はぼんやりと虚空を眺めている。シェリーが視線を動かせば、その先に引き千切ったような、
神経が絡みついた眼球が、赤い雪の中に埋もれていた。
「……おい」
声を掛けたが、気付いていないのか。耳に届いてすらいないのか。
少年からの反応は何も無かった。シェリーはまた周囲を見渡す。その全てが凍り付いてしまっている。
何の音もしないこの村は、まるで時間が切り取られたようだ。
シェリーはそこで、その少年が、混血であると気付いた。
姿こそ人間と大差は無いが、微かに感じる魔力と魔物の匂いが、彼がそうだと判断させた。
長く生きてはいたが、この目でそうした存在を見るのは初めてのことであった。
「おい、聞いているのか」
やや大きめの声で言ったが、少年の反応は無い。もう無視して去ろうとも思ったが、何故だか彼が気になった。
何もかもを、投げやりになったような。もう、何もかもを諦めたような。深い孤独と強い絶望に押し潰された目を見て、
シェリーは「ああ」と気付く。こいつは、あの男と同じ目をしているんだ、と。
その暗く沈んだ、孤独と絶望に染まった翡翠色の目は、シェリーに愛おしさを感じさせた。
あの男と同じ目をした混血が、そこにいる。
絶望と孤独に苛まれ、全てを諦観したその表情は、まさしくあの男だ。
――……帰ってくるんだ。
ドキリと、心臓が大きく跳ねる。
――あたしの隙間を埋めるモノが、またあたしの手の中に帰ってくる。
そう思うと、シェリーは大きな喜びを感じた。
「このあたしが声を掛けているんだ。無視をするとは、良い度胸だな」
普通に声を掛けても反応が無い。その為、シェリーはやや乱暴に、その少年の胸倉を掴んだ。
暗く、落ち窪んだ翡翠色の瞳が、こちらを見る。その途端、世界が繋がったような感覚がした。
「……もう此処には何も無いのに……魔物が、何をしに来たの……」
静寂な世界だったので、その小さな声でもはっきりと聞こえた。
「なんだっていいや……もう、どうでもいい。……魔物なんだったら、殺して」
生きることを放棄する声音とその言葉に、シェリーは言いようの無い感情の高鳴りを覚えた。
その暗い顔や、絶望的なまでに光を失った左目が、彼女の心を捉えて離さない。
「……もう、死にたい」
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