04
「……どういうこと?」
喉の奥から出すような、耳障りな笑い声をオズバルドが上げた。
「オレはヒースコートやラストのように、手下なんて多くはいないけどね。
それでも、声を掛ければ集まる連中はいるんだよ。だから、おまえさんが敵を取り逃がしたことも知ってる。
守りきれなかったってことも、出し抜かれたこともねぇ。最速とはいえ、片腕じゃあ分が悪かったか。それとも……」
侮蔑するような笑みに、ヒースコートは小さく笑い返す。
「左腕だけでも、アンタの魔力結晶を引き摺り出せる力はあるの。試してみる?」
「その力をぶつける相手を、間違えなさんな」
「何か知ってるような口ぶりね」
ヒースコートは立ち上がって、オズバルドに金色の目を向けた。
オズバルドはいつの間にか、棒付きキャンディーを咥えていた。
「おまえさんの奥方や仲間達の末路さ。止めを刺されて、皆死んじまったよ。手を掛けたのは……」
オズバルドは涼しい顔をしながらはっきりと告げた。
「混血だよ。シェリーと一緒にいる奴さ。
小耳に挟んだことも、あるんじゃないか」
「さあね。随分と昔に、一度だけ聞いたような、聞かなかったような……。
あいにくと、興味のないことは、覚えないものだからね。それで? 確かな情報でしょうね」
「信じるかどうかは、おまえさんに一任するよ」
左手を顎に添えながら、ヒースコートはオズバルドをじっくりと見つめた。
彼は視線を外さない。只、ゆっくりと笑いかけてきた。
その見え透いた笑顔に踊らされてみようと、ヒースコートも微笑み返した。
「オズバルド。そいつ、何処にいるのかしら」
「おや。信じてくれるのかい」
嬉しそうなオズバルドの言葉に、ヒースコートは鼻を鳴らす。
「どうかしらね」
ヒースコートは腕の千切れた右肩を撫でる。
「ギルクォードって小さな町さ。
此処から西に真っ直ぐ進んだ、ルクレール鉱山の向こう側。すぐに分かると思うぞ」
それを聞いて、ヒースコートは目を伏せた。やはりヴィヴィアンはドルズブラの岩山へ向かっていたのだ。
その岩山へは、ルクレール鉱山と小さな町を幾つか横切っていく必要がある。
「赤い髪した隻眼の奴だから」
「そいつの傍には、シェリーはいつもいるの?」
「大抵一緒にいる筈だ。ご丁寧にも、混血に目印まで付けてる。目を見張る程の過保護ぶりだぜ」
オズバルドは新しく棒付きキャンディーを取り出した。
丁寧に包み紙を開き、甘酸っぱいそのキャンディーを口に入れる。
――悪いね、シェリー。
魔物は強さが全てだ。弱ければ淘汰される運命にある。それは、魔将でさえ例外ではない。
唯の魔物に遅れを取ることなど、ありはしない。けれども、一度弱くなれば、その原因を除かなければ、
力を取り戻すことは出来ないのだ。
きっとシェリーは、ラストが会いに来ても冷たく突っぱねるだろうと、オズバルドは予想していた。
彼女はそういう魔物だ。興味を抱き、好意を寄せる者にはやや甘い。しかし、それ以外の者に対する態度は、
酷く軽薄で冷たく、時に攻撃的だ。そしてラストは、そんなシェリーに逆上し、襲い掛かる。
その時あの混血がいたのでは、シェリーはきっと、彼を守ることに重点を置くだろう。
魔物の力は、守る為にあるのではない。他者を陥れ、伸し上がる為、周りを破壊する為にあるのだ。
ヒースコート達が身を潜める、荒れ屋敷を後にしたオズバルドは、暗い森を歩いていた。
青緑色の瞳には何処か哀愁が漂っていた。何かを守ろうとした魔物は、尽く死んでいく。
ヒースコートも、あの娘を捨て置かなければ、そのうちラスト辺りにでもやられるだろう。
魔王だってその一人だったのだ。
守る為の力など、魔物には必要無い。
――オレは正直、混血もラストも、どっちも要らないんだよ。
オズバルドは歩き出した。胸中で、抱いていた想いを吐露する。
――あんたが命を掛けてまで、守ろうとしたシェリーは今、別の男と生きている。
何の為に、あんたが命を落としたのか、それを知っている癖に。
キャンディーを噛み砕き、オズバルドは余った棒をその場に捨てた。
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