03


「ヒトと魔物の血が混じり合った希少種。とかいうけどね。俺は見たことないし、
本当にそんなのが存在するのか、正直信じられないんだけど」

 エリックが短く息を吐いた。そんな彼に、ニルスが話を続ける。

「人の姿を取る魔物っていやあ、結構な力を持ってるだろ。
でも、そいつからは、到底人を真似る程の魔力なんか、感じなかったって」
「その辺りはどうなんだろうな。でも、隊長クラスでさえ、混血ハーフブラッドなんて、見たことないだろ」
「大概はすぐ始末されるっていうからな」
「ああ。まあそれも、眉唾ものに思えるけど。もし、本当にそんな者が実在するなら、恐ろしいものだよ。
危険分子だ。魔物と同じ力を持ってるんだから。感情の昂ぶりによって、何しでかすか分からない」
「まあ、だからすぐ始末されるんだろうけど」

 ようやく、貸し与えられた部屋のある階に辿り着く。
 薄暗い明かりが照らす通路を進めば、少しずつ部屋の扉が見えてきた。

「人間は異物を嫌うからね。そもそも、自分達の輪から外れる者を嫌うのは、
生物として至極当たり前の本能なんだ……」

 エリックの始める理論話に、ニルスは顔を顰める。彼のこういう話は、一度始まるとなかなか終わらない。

「……そうやって、群れて生活する以上、一人だけ違う行動をする者がいたら、その環境が壊れかねないから、淘汰する。
動物で言ったって、アルビノみたいに、一匹だけ目立つ体色をしていたら、敵に見つかり易くなるし、群れの存亡にも関わる。
だから、除け者にする。混血ハーフブラッドで考えたってそうだよ。
魔物は他の魔物の持つ魔力結晶を奪い合いながら、力を高めて行くだろう? 魔力結晶を求めて、
混血のいる村や町に魔物が押し寄せてくる危険性もある。そんな魔物は元々おっかないのに、
魔物と子供を作った人間は、当然道理から外される。だから、非難中傷の対象になる。
それが事故であっても、そういう目で見られてしまうものだよ。いる筈はないけど、故意に作ったのなら尚更だ。
それはいじめとか差別とか、そういうものと同じだろうかと考えると、俺としては……」
「そんでさあ、もう一つ気になってんだけど」

 ニルスは少し大きめの声を出して、エリックの話を強引に終わらせた。
 このまま、聞き続けていれば、夕食から就寝時まで、延々と語ってきそうだ。
 気の良い友人ではあったが、一度スイッチが入ると、支給されるライフルのように喋り続けるその一点には、
 ニルスは閉口していた。

「アストワースを騒がせていた吸血鬼だ。一体、誰が駆除したんだろうな」

                  ◆

 口一杯に、吸血鬼の肉を頬張るエルダを見て、ヒースコートは微笑みかける。
 その場に膝を着き、口の周りを赤く染め上げる彼女の、黒い髪を撫でた。

「美味しい?」
「うん」

 ヒースコートがエルダを連れて、アストワース付近の荒れ屋敷に来たのは、三日前だ。
 何百年も昔に建てられた古い館で、いつしか陽の光を嫌う吸血鬼達の溜まり場になっていたらしい。
 近くには、格好の獲物が多くいる町なので、食料には事欠かなかったのだろう。

「ヒース様は、いらないの?」
「アタシはいいのよ。だから、これもちゃんと吸収して、早く強くおなりなさいな」

 そう答えるヒースコートの手には、輝かしいばかりの魔力結晶が握られている。
 獲物の血肉も力も、全て愛する娘へ。此処は、エルダが隠れられる場所もあり、食事も力も、充分に蓄えられる。
 此処に来る人間は、自分が全て追い払う。周囲に漂わせる、魔将の魔力に当てられた人間は皆、一目散に退避させるのだ。

 此処なら、しばらくは安心だ。

「って、思っていたんだけどねえ」

 左手で頬杖を付きながら、ヒースコートが見つめる窓には、オズバルドが腰を下ろしていた。
 彼はにっこりと、気味が悪い程の無邪気な笑みを浮かべている。

「群れを束ねる奴が、ちびっ子連れてお忍びデートかい?」
「そう見えるなら、目を取り替えた方が良いんじゃない。手伝ってあげましょうか?」
「ほんのジョークさ。聞いたぜ、群れを全滅させられたんだってな。
そこのお嬢ちゃんは、その生き残りだろう」
「ぜんめつ?」

 エルダの声に、ヒースコートははっとした顔をする。
 それから、ヒースコートは、エルダの黒い髪を愛おしそうに撫でながら、
「アタシ、少し大事なお話しているから。少し離れていなさい」

 優しい声音で言い聞かせた。不安そうな顔をしながら、素直に離れていくエルダに、
 ヒースコートは再度笑いかける。彼女の姿が見えなくなると、厳しい眼差しでヒースコートを見た。



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