07


 そして、一つの首を叩き斬った時。顔の一部が、礫となってこちらに飛んできた。
 頬を霞めた際に走った鋭い痛みに、ディックはようやく、愚行に気付く。

「……」

 一体、何をしているんだ。
 ディックは頬を拭った。手の甲に、小さく血が付いたが、傷の感触はもうない。

 彼が叩き斬るように破壊していたのは、ティナによく似た顔立ちの、人形の頭だった。
 頭は割れて、中の空洞が見えている。顔が陥没しているものや、顔の半分が砕けているものもあった。
 それらは皆一様に、無機質な緑の硝子玉がこちらを見上げている。只の人形の筈なのに、
 あの村で最期を迎えた人々を彷彿とさせる。生々しさを感じさせる程の憎悪に、満ち満ちているように思えた。

 目の前で凍り付いていくイザベラや、ヒューゴ達の顔を彷彿とさせる。
 目を見開いて、怯えた顔付きのまま、凍り付いていく顔が、まざまざと蘇ってきた。

 厭悪の瞳が、こちらをじっと見やっている。

 強烈な吐き気を催して、ディックは足早にその部屋を後にした。
 激しい音を立てて、閉めた扉のドアノブを掴んだ手は、石のように固く強張っていた。
 胃の中には何も入っていないのに、何かが込み上げてくる気がする。

「今更、何を恐れているの」

 どこからか、アレクシアの声が聞こえて来た。

「私達を殺したあなたに、怯えや恐れを感じる資格なんて、ないじゃない」

 淡々としたアレクシアの声が、どんどんと大きく耳に付く。

「どうせあなたは、こちら側にはもう、戻れないんだから」


                ◆

 それからどれくらいの時間が経ったのか。
 周囲に立ち込めていた、アレクシアの気配はとうに消え失せ、小さな虫の音が聞こえていた。
 重い足取りでリアトリスのいる部屋に戻ると、彼はとっくに分解掃除を終えていおり、
 白い布を広げて、そこに白骨を並べている。戻ってきたディックを見ると、

「おかえり」

 と笑いかけてきた。さっきの話題など、無かったかのように。
 敢えて、触れないようにしているのか、その気遣いを感じたディックも、わざわざ蒸し返すことはしなかった。

「この骨さぁ。ずっと此処に置いてあるだろ」

 リアトリスは白骨を労わるように並べながら、落ち着いた声で言った。

「なんとなく、放ったらかしは気の毒でさ。クロズリーにはもう誰もいねえけど、せめて埋めてやろうかなって思ってさ。
それよか、ディック。具合が悪いなら、横になってろよ」
「……そう見える?」
「真っ青だ」

 心配そうなリアトリスの顔を見て、一瞬脳裏に過ったのはアレクシアの顔だ。
 体調を崩した時は、いつだって心配そうな顔でこちらを見ていた。彼女に言っていた同じ言葉を、ディックはリアトリスに返した。

「大丈夫。何ともないから」
「……そっか」

 リアトリスは何か言いたげな顔をしていたが、結局それ以上何も言ってくることは無かった。



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