05


「中には、面白半分にヒトの住む町や村にやってきて、蹂躙していく魔物もいるけどね。
例えるなら、猫が仕留めた鼠で遊ぶのと同じなんだ」

 銃を組み立てていた手が止まる。

「それはなんだ。魔物の精神は、獣と同等とでも言いてえのか?」

 リアトリスは務めて平静に、冷静に言おうと心掛けた。しかし、結局は今にも荒げそうな声を静めるだけで、精一杯だった。
 幾ら冷静になろうとしても、平静を装おうとしても、声が震えてしまう。
ディックの語った言葉を受け止め、
 肯定してしまえば、今まで命を落とした者達の心を、踏み躙ってしまうと思った。
 そして、目の前で命を落とした仲間達を思い出すと、アストワースで抗うことも出来ず、
 炎に飲まれる人々の姿を思い出すと、どうしても納得することが出来なかったのだ。

「獣よりもずっと知的だよ。ただ、ヒトと比べて、本能に近い欲望にとても忠実だそうだ」
「……そうだ、って、誰かに……あの魔将に聞いた話なのか?」
「うん」

 素直に、ディックは頷いた。

「俺はずっと、魔物について何も知らずに生きていたから。一緒にいるようになって、シェリーにたくさん教えてもらったんだ。
魔物のことも、どうやって戦うのかも、……これから、どうやって生きていくのかも……」

 ディックの声はとても静かだった。

「……シェリーが、俺を助けてくれたんだ」

 そう言ったディックに相槌を打ちながら、リアトリスは思わず口に出してしまう。

「あの魔将が、人助けするようには見えねえけどな」

 そこまで言ってから、リアトリスはさっと口を閉じた。地雷を踏んでしまったかもしれない。
 そう思って、固唾を飲んでディックを見る。しかし、リアトリスの懸念とは裏腹に、ディックは曖昧に微笑んで、かぶりを振る。
 それから、ぽつぽつと静かに続けた。

「たぶんその時、シェリーは俺を助けたつもりは無いと思うよ」

 え? と、リアトリスが聞き返すが、ディックは彼の反応には触れなかった。

「それでも、俺にとっては、シェリーだけなんだ」
「……それは、依存なんじゃないのか」

 リアトリスは思わず、そう言ってしまった。それから、自分が放った言葉に、リアトリスは慌てて弁解しようとした。
 しかし、彼は特に気にしている様子はない。それどころか、酷く空虚な、自虐的な笑みを浮かべていた。

「自分でも分かってる。でも、もうどうしようもない」

 その一言が鉄のように重く思えた。リアトリスは、彼が自分で放ったその言葉に、呪われて、縛られているような気がした。
 しかし、シェリーが抱くディックへの執着心もすぐに思い出す。彼がこんなにも不自由な生き方をしているのは、
 シェリーがそうさせたのではないか。そんな憶測の域を出ない考えも、浮上してくる。

「ディック……じゃあ、もしあいつが、あんたの前からいなくなったら、どうするんだ」

 恐る恐る尋ねると、ディックはゆるりと首を傾ける。

「死ぬかもね」

 迷いの無い、はっきりとした言葉に、リアトリスは寒気を覚えた。
 そして、目の前に立つディックの姿が、暗がりの中に消えて行きそうな、そんな錯覚を覚えてしまう。
 時々、そこに確かにいるというのに、彼が幻のように消えて行くような、不安定な存在に思えてしまう時が、リアトリスにはあった。
 リアトリスの変化に気付いたのか、

「冗談だよ」

 ディックは、静かにそう付け加えた。

――ディックは、本当にあいつ以外は、どうでもいいと思っているのかもしれない。

 シェリーがいなくなれば、死ぬと決めている程に。リアトリスは、彼に対して言いたいことはたくさんあった。
 それでも、リアトリスは驚いたように目を丸くしたまま、

「死ぬなんて、そんなこと……そんな簡単に言うなよ」

 小さな声でそう返すのが、精いっぱいだった。するとディックは、

「ごめん。冗談でも、口にいちゃいけない言葉だった」

 そう言って、ゆっくりと立ち上がる。

「どこ行くんだよ」
「散歩」

 返事も待たず、ディックはこちらに背を向けて部屋を出て行ってしまった。



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