04


 白骨の前で安眠する程、神経は図太くないと思っているリアトリスは、とりあえず使用した銃の手入れを行うことにした。
 床に置いたランタンの灯りを頼りに、器用にパーツを組み外していく。
 ティナが腰を下ろしていた、肘掛の付いた椅子に背を向けて、静かに手を動かしていると、

「リアトリスは……」

 不意に、ディックの方から声を掛けられた。顔を上げると、暗い翡翠色の瞳がこちらを見下ろしている。

「リアトリスは、なんであの森にいたんだ?」
「あ、ああ、それは……」

 そこでも、リアトリスは迷った。聞きたいこと、話したいことは山程ある。
 しかし、どう切り出すべきか、言葉を探していたリアトリスは、小さく息を吐く。

「オボロのおっちゃんから、あの町のこと聞いてな。魔物が関係しているかもしれねえなら、
放っとくわけにはいかねえよ。それに……」

 それに……と、続けたリアトリスは、すぐに口を閉じた。
 ディックが続きを待つように、こちらを見ている。本音をぶつければ、もう少し距離は縮まるだろうか。
 そんな希望を抱きつつ、リアトリスは口を開いた。

「最近、あんまり話してねえなあって。ちょっと思ってさ」

 極力重たくならないように、軽い声音で言ってみた。
 言葉を連ねながら、リアトリスは手を休めない。何か作業をしながら話した方が、気楽に聞いてくれると思ったのだ。

「アストワースで、変な別れ方したろ。だからなんか、気になってさ」
「……」

 目の前で、次々と魔物ハンターを飲み込んでいく青白い炎を思い出した。
 今思い出しても、あの光景には怖気が走る。

「あの時は、おいらも余裕がなくて、あんたにキツイこと言っちまったかもしれねえ。
そこは、まず謝らせてくれ。悪かった」

 手を止めて、リアトリスはディックを向いた。
 ディックは「いや、」とリアトリスの謝罪を否定する。そして、正面に腰を下ろした。

「……君が、謝らなきゃいけないようなことは、何もしていない。だから、謝る必要なんてないんだ。
誰だって、あの場では俺を責めただろうし。……実際、止められた筈の行動を止めなかった俺に、非があったんだ」

 その声は、何処か沈んでいるように聞こえた。
 リアトリスは、以前シェリーの時計台を訪れた時を思い出した。アストワースから戻ってきた時だ。
 そこにディックはいなかったが、シェリーがいた。彼女から、混血のことについて。そして、ディックについて少しだけ教えられた。
 自分が何も知らないことを知った。そして、ディックにとって自分が、どんな価値がある人間なのか。
 答えることが出来なかった。その時のことを思い返している中で、ディックが淡々と説明していた。

「シェリーは魔物だから、何かを解決するときは、容赦ない選択をする。
あの時も、俺を助ける為に、あの魔物ハンター達を焼いたんだ。そこに、悪意はない」

 ディックは言った。

「悪意は無いんだ」

 まるでシェリーを庇護するような口ぶりに、リアトリスは僅かに唇を歪める。

「……」

 答えに迷っていると、ディックが小さく笑った。
 口元に歪んだ笑みを浮かべながら、目を一切笑わせない、奇妙な顔をしながら、彼は言った。

「魔物が人間を襲うのに、悪意は殆ど無いんだよ。例えば空腹を満たす為、或いは縄張りに足を踏み込まれたのを、追い払う為。
……後者に至っては、追い払うといっても、魔物の力は半端ないから、結果的に人間が命を落とす結果になることが多いだけ。それから……」

 少しだけ、ディックは痛みを堪えるような顔をした。

「それから、迫り来る命の危険から、身を守ろうとする為。明確な悪意や害意を持って、
他者へ攻撃に転じるのは、いつだってヒトだけなんだよ」

 そのぽつぽつとした語りを、リアトリスは黙って聞いていた。



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