02
赤い魔剣が大百足の頭を斬り落としていた。黒っぽい、緑色の血が噴水のように吹き上がり、雨のように降ってくる。
その後、大百足の身体は大きな音を立てて地面に倒れ伏した。煙のように、黒い塵を霧散させながら、
大百足は消えようとしている。それを見ながら、
「……今、おいらを突き飛ばしたのは、ディックか?」
リアトリスがディックに尋ねると、彼は「ごめん」と、先ず謝罪を口にした。
「あの消化液が掛からないようにと、思ったんだけど。乱暴だった」
「いや、お陰で助かった」
取り落としたライフルを拾い、そう言ったリアトリスは、もう殆ど原型の無い大百足を見て思う。
――でも、変だな。こんな魔物、この辺に住んでたのか?
それにしては、オールコックに向かう道中で、そんな気配を感じることは無かった。
いたとしても、ひっそり隠れていたのかもしれない。
だが、仮にそうだとしても、今まで隠れていた魔物が、突然気性が荒くなるだろうか。
そんな疑念が顔に出ていたのか、
「魔物は魔物を呼ぶらしいよ」
ディックがぽつりと言った。その言葉に、リアトリスは彼の方へ顔を向けた。
「魔物はもともと、強さを求める性質がある。その為に魔力結晶を求めて争うんだ」
「うん。昔、そう教わったことがある」
「そのことを、シェリーは戦闘欲って言っているけど……それは、混血も例外じゃないらしい」
「じゃあ、なんだ。この魔物は、あんたの魔力に惹かれて来たって?」
「その可能性もあるってことだよ」
「ディックの言うことが本当だとして。でも、今回はたまたまなんじゃねえのか。
だって、それならギルクォードに、魔力結晶を求めて、魔物が攻め入ってくることだってある筈だろ」
リアトリスが指摘すると、
「それは、シェリーがギルクォードも縄張りにしているからだよ」
ディックは静かにそう答えた。
「魔物は自分より強い相手と、戦おうとすることはしない。たまに、色々な事情から挑んでいくこともあるみたいだけど、殆ど無い。
負けて、力を奪われることが分かっているから、極力強い魔物がいる場所に、近付くことはしない。
だから、ギルクォードは、言ってしまえば、シェリーに守られているともいえる」
「……だからって、おいらはあいつに礼なんて言わねえぞ」
やや不機嫌そうに返せば、ディックは「うん」と頷いた。
「別にいいよ。シェリーも、礼なんて要らないから」
シェリーがギルクォードも縄張りにしているのは、そこにディックがいるからだ。
彼がいなければ、ギルクォードがル・コート村のように破壊されてしまうと、初めはシェリーを警戒していた。
しかし、彼女が町を壊すことも、町が魔物に攻められることを看過することも無かった。
それは、決してイェーガー達に対する情ではない。ディックの為だ。彼がギルクォードに在籍している限り、
シェリーは彼の過ごす場所を守る。ただ、それだけのことだ。そのことをリアトリスは理解している。
「……ま、とりあえずは、魔力結晶をさっさと回収して、早いとこギルクォードに帰ろうぜ」
そう言いながら、リアトリスは塵の山の中から、拳大程の魔力結晶を拾い上げた。
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