01


【man's hesitation―ある男の逡巡―】
He can be easy once he admits.
What he won't admit is that once he admits it, he can no longer go back.
He doesn't want to lose, but he can't fall into the same place because
he's afraid that he won't be able to go back.
He could neither go nor go, and he is still insane.
                    ――――――――――

 オールコックを出て、南下していたリアトリスは、黙って後ろを歩いているディックを見た。
 しっかりとした足取りで歩いているものの、その表情はどこか晴れない。
 彼の表情が晴れ晴れとしている所など見たことはないが、それでもいつもより、陰りが見えた。

「大丈夫か?」

 声を掛ければ、ディックはやっと顔を上げた。

「もう少し先にソープステッドの村があるから、少し休ませてもらおう」

 そう提案すると、

「いや、大丈夫」

 ディックは緩やかに首を横に振った。リアトリスは少し考えて、もう一度尋ねてみた。

「何かあったのか?」
「どうしてそう思うの」
「なんとなくだけど。なんか、顔色が悪い気がする」
「……何もないよ」

 嘘だ。リアトリスはそう思った。
 彼が踏み込まれることを、拒否していることは、嫌でも分かる。
 それでも進むべきか。自分本位の考えで、彼の領域を踏み荒らすことは無神経過ぎるんじゃないか。
 一瞬、そう迷った間に、急激に立ち込めた魔物の気配と殺意に、リアトリスは周囲を見渡した。

 ライフルを構え、厳しい面持ちで辺りを睨み付ける。風も吹いてないのに、草原が大きく揺れている。
 何かが素早い動きで走っているのが分かった。リアトリスは、次に“それ”が向かう箇所を予想し、そこに銃弾を叩き込んだ。
 途端、大きな声を上げながら、草原の中から巨大な百足が現れた。鎌のような大足を持ち、赤黒い顎肢が見える。
 大百足の魔物が、口から紫色の液体を吐き出した。地を転がるようにして、リアトリスがその攻撃を避ける。
 液体が降りかかった地面や草が、見る見るうちに変色して溶けていく。一雫でも当たれば、タダでは済まない。
 リアトリスは起き上がりながら、大百足に向かって発砲する。

 しかし、その表面は想像以上に硬いらしく、弾が弾かれてしまった。舌打ちをしたリアトリスに向かって、大百足が迫ってくる。
 ライフルをもう一度構えた所で、大きく伸びた大百足の頭が襲い掛かってくる。鎌のような赤黒い顎肢を大きく開き、
 挟むつもりなのだということはすぐに分かった。

 リアトリスは即座にライフルの銃口を、今度は大百足の黒い左目に向ける。黒い単眼が幾つも集結していた。
 引き金を引いて、その左目を正確に打ち抜いた。赤い飛沫が舞うと同時に、大百足が大きな声を上げる。
 その間に、リアトリスは続いて右目を打ち抜いた。まるで幾つもの金盥を一斉に落としたような叫び声を上げる。

「よし!」

 これで相手は、何処に標的がいるか分からない筈だ。
 リアトリスは素早く、大百足から距離を取る為に走り出す。
 しかし、彼のその予想に反して、大百足は正確に、こちらに向かって紫色の液体を吐き出した。
 目を剥いたリアトリスは、その次には何かに突き飛ばされ、大きく派手に転んでいた。
 手からライフルが離れ、地面を滑っていく。転んだ拍子に右手を強く衝き、強く訴える痺れに耐えながら顔を上げた。



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