03
がくん、と揺れて、エドワードは目を覚ます。
「お目覚めですか、エドワード様」
小さく微笑みながら、クロードがそう声を掛けてくる。その声を聞きながら、エドワードは周囲を見渡した。
ぼんやりとした、暖炉の明かりが部屋を照らしている。カーテンが締め切られ、今は夜であることが分かった。
エドワードは、一人掛けのソファーに、腰を下ろしていた。ぼんやりとする頭を押さえ、
顔を向ければクロードが立っている。その傍で、アリスが紅茶の準備をしていた。
ワゴンの上には、ティーカップの他、小さな菓子類の乗った皿がある。いつの間にか眠っていたらしい。
しかし……
エドワードは、おずおずとクロードに尋ねた。
「僕はディディの屋敷にいた筈だけど……何故、自宅に?」
小首を傾げるエドワードに、クロードは、可笑しそうに小さく笑った。
「寝ぼけていらっしゃるなんて、珍しいですね」
しかし、すぐに経緯を教えてくれる。
「クラウディア様とランチを楽しまれて、夕方には戻られたではありませんか。
そして、仕事を終えられた後で、セオドア様と夕食を召し上がられ、こちらに参られたのでしょう」
「セオドアと? 今日?」
「ええ。皐月には、クラウディア様と式を挙げられますから。
そのご報告を、されていらっしゃったでしょう」
「そう、……だったかな」
エドワードはクロードと話しながら、ぼんやりと、動かない頭で記憶を呼び戻そうとする。
しかし、何も思い出せなかった。セオドアが来ていたこと。いや、セオドアと食事をする約束をしていたことすら、今知った。
ここ最近、エドワードは意識が無くなることが、多い気がした。
意識の無いまま、部屋を移動しているというだけならまだしも、この先大きな事件を起こしてしまうかもしれない。
それがとても、エドワードは怖かった。
「クロード」
「はい」
名前を呼べば、クロードはニコニコとした笑顔のまま、こちらに向き直る。
「アリス」
「はい、ご主人様」
機械のように、一切無駄の無い動きでアリスが向き直った。
クロードやアリスとは、もう十年以上の付き合いがある。
「僕は最近……その、意識が無くなることが多いんだ」
なので、思ったよりもすんなりと、告白することが出来た。
「知らないうちに、部屋を移動していたり、見覚えのない場所に来ていたり……僕は今日、
セオドアと食事をする約束をしていたことを、初めて知ったんだ。馬鹿な話だと思うかもしれない。
でも、事実なんだ。信じて欲しい……」
二人は黙って聞いている。
「そんなことが多くて、僕は何か病に掛かっているんじゃないかと、不安になるんだ。
知らないうちに、人に迷惑を掛けてしまっているかもしれない。一度、医者に診てもらった方が、
……いいんじゃないかと、思うんだけど。どう思う?」
「ご安心なさいませ、エドワード様」
クロードは微笑みながら、座るエドワードに視線を合わせた。
「何も、問題はありませんよ」
「そうだろうか」
「勿論です。エドワード様は、最近ご公務でお忙しかったので、その所為で、
一時的な記憶の混濁があるのでしょう。何も、心配することは御座いません」
笑顔で、力強くクロードがそう言ってくる。
「それに、お医者様を呼び、何も無かったとき。周囲に、エドワード様はお気が触れていると、
あらぬ誤解を招く恐れも御座います。今しばらく、様子を見られるのが、宜しいかと」
「……そうだな」
エドワードは信頼出来るクロードがそう言うのであればと、彼の助言を受け入れる。
いや、不安が消えないので納得した体を装っただけだ。これ以上、彼やアリスに余計な困惑を与えたくはない。
紅茶の良い香りが、立ち込める。そうこうしている間に、アリスが食後の紅茶を淹れてくれたらしい。
白地に青い模様が描かれた、上質なティーカップがテーブルに置かれた。
「ありがとう、アリス」
そう声を掛けると、アリスは深く一礼して一歩下がる。ティーカップを手に取って、
エドワードはその香りを楽しんだ。紅茶の香りは、心を安らかにしてくれる。
「うん、良い匂いだ」
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