02


『「あのう、どなたですか?」
恐る恐る声を掛ければ、その騎士は優しい声で答えました。
「……私は、国を追われたしがない騎士です。いえ、騎士というのもおこがましい。
今は只の、森の番人ですよ」

 騎士の言葉に、お姫様は少し首を傾げました。けれども、すぐにお礼を口にします。

「助けて頂いて、ありがとう。助かったわ」
「あなたに怪我が無くて、良う御座いました。本当は、あなたの眠りを妨げないように、
静かに戦うつもりでしたが、守る戦いは久々でしたので、思ったよりも騒がしくしてしまいました」

 お姫様はまた首を傾げました。

「どうして、私があそこで眠っていたことを、知っていたの?」

 騎士は小さく笑いました。

「……そうですね。黒い大蛇から、あなたを守ってくれと頼まれたのです」
「あの蛇さんが。そうなの。あなたは、蛇さんが言っていた人なのね。
……そういえば、蛇さんは何処へ?」

 木の上で眠ると言っていた大蛇の姿が、見当たらないことにお姫様は気付きました。
 騎士が口を開きます。

「危ないので、離れた所にいるよう言いました。じきに戻ってくるでしょう」
「それなら、良かったわ」
「今日はもう、あの狼達も来ないでしょうが、私が此処で見張ります。あなたももう、お休みなさい」

 騎士は優しい声で言いました。

 そして出会ったこの騎士は、夜の間だけ、何度もお姫様を危険から助けてくれたのです。
 お姫様は大蛇に騎士のことを尋ねましたが、大蛇はかぶりを降りました。夜の間だけ姿を見せ、
 昼間は、森の何処を探しても見つからないようです。
 お姫様は、騎士のことも不思議でしたが、大蛇のことも不思議でした。夜になると、するすると木を登って姿を消してしまうのです。

「何処にいるの?」

 と、声を掛ければすぐに、

「此処にいますよ」

 と、声が返ってくるのですが、その姿は確認出来ないのです。
 森の中での暮らしに慣れ始めたある日。お姫様は、大蛇の行方を探すことにしました。
 いつものように、陽が暮れてからウロに入ったお姫様は、耳をそばだてました。木の葉を揺らす、
 大蛇の音が聞こえます。お姫様は、一度ウロから這い出しました。空は暗くなっています。

「何処にいるの?」

 と、声を掛けました。

「此処にいますよ」

 いつものように、声が返ってきます。お姫様はほんの少しだけ、間を置いてから、もう一度尋ねます。

「何処にいるの?」
「此処にいますよ」

 いつも消えていく木よりも後ろから聞こえました。お姫様は、木々の中に足を踏み入れます。

「何処にいるの? 夜が怖いの」
「此処にいますよ。怖い時は、夜空の星を眺めなさい」

 お姫様は、返ってくる声を聞き逃さないように、注意しながら追いかけます。

「何処にいるの? 寂しいの」
「此処にいますよ。寂しい時は歌うのです」
「何処にいるの? 不安なの」
「此処にいますよ。不安な時は楽しいことを考えましょう」
「何処にいるの? 傍にいて」
「此処にいますよ。すぐに、あなたの傍に向かいます」

 何度かやりとりして、お姫様はもう一度聞きました。

「何処にいるの?」

 けれども、返事はしません。もう一度大きな声を出しましたが、何処からも声は帰ってきません。
 お姫様は急に、本当に怖くなりました。本当に寂しくなって、本当に不安になって、本当に傍にいて欲しくなりました。
 夜の森はとても広く感じて、怖く感じます。草を踏む音を聞いて、お姫様はその音の方向へ向かいました。
 大蛇かもしれないと思ったのです。そうして飛び出したのは、森の中の開けた場所でした。』



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