01


「お嬢様!」
「お嬢様、危のうございます! 早く、降りてください!」

 心配する使用人達に対して、彼女は楽しそうな笑顔を向けた。赤茶色の巻き毛をした娘は、高い木を登っていた。
 他の貴族の令嬢は、刺繍をしたりお茶会を開いたり、自分をこれでもかと着飾っては、
 親と共に夜会に出向いている。しかし、娘はそうしたものよりも、木登りをしたり庭を走り回ったりして、
 悠々と過ごすことの方が好きであった。
 そして、いつもその後は、「全く、おまえは……」と、父が呆れ顔でそう呻く。母は呆れたような、
 それでいて愛おしそうな、不思議な笑顔を浮かべている。しかし、そんな両親の態度などどこ吹く風で、
 既に娘は次の遊びを考えているのだった。

「おさいほうもお茶も、私は好きではないわ。だって、ちっともうまく出来ないし、たいくつですもの」

 父よりもまだ甘い面のある母に訴えれば、母は何度か頷いた。

「そうね。しかし、あなたもいずれは格式あるお家に、嫁がなくてはなりません。
いつまでもお転婆なじゃじゃ馬では、何処も貰ってはくれませんよ」
「だったら、私はそれでもいいわ。この家で、ずっと暮らすもの」
「そうはいきません。この家だって、いつまでも繁栄させる為には、立派な殿方の元へ嫁ぐ必要があります。
その為に、どこの娘さんも自分を磨いています。あなたも、きちんとしなければなりませんよ。
そうでなければ、あなたも魔物の元へ嫁がなくてはなりませんよ」

 母の言葉に、娘は首を傾げた。

「魔物の元へ? そんなの嫌だわ」
「では、きちんと淑女としての嗜みを、覚える必要がありますね」

 この地域でも、魔物の被害は大きい。この屋敷も含め、基本的に貴族の家は、魔物ハンターが数名駐在している。
 しかし、それでも日々増え続ける魔物の脅威というのは、幼い娘にも酷く恐ろしいものであった。

「ときに、お母様」

 と、娘が話題を変えようとする。

「あなたも、とお母様はおっしゃったけれど、以前どなたか魔物にとついだ方がいらっしゃるの?」
「そうですね。ずぅっと昔、百年以上も前にいた方だけれど、お一人ね」
「どうして、魔物にとついでしまったの? 何か、悪いことをなさったの?」
「私も随分昔にレイチェル……あなたの叔母様から教わった話ですから、詳しいことは分かりません。
けれども、なんでも魔物の子供を宿してしまったが故に、お家を追い出されたそうですよ。
レイチェルは、何か不具合があって嫁がされたんじゃないかと、そう考えているみたいですけどね」
「そうなの。でも、もしお身体が悪かったとか、信仰的な問題から、魔物の所へお嫁に行かされたのなら、
そのお方は可哀想だわ」
「そうね。さあ、もう遅いから。おやすみなさいね」

 母は娘に、そっと布団を掛ける。娘は素直に目を閉じた。

「はい、おやすみなさい。お母様」

 



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