02


 魔物の咆哮が聞こえて、激しい息遣いが近付いてきた。そして、木々をへし折る音を立てながら、
 そいつは再び現れる。黒いミミズの様な、触手に覆われ、八本足で駆ける魔物。触手を伸ばし、
 近隣の茂みを薙ぎ倒しながら、物凄い速さで動いている。もぞもぞと触手は絶えず蠢いており、
 ギョロッと飛び出た目玉は、魚のように無機質で、真っ赤に染まっていた。

「メイシー、行け」
「おまえの活路を無駄にはしない」
「だから、安心して行くといい」
「我らに勝利を」
「勝利を、ケビン・メイシー」

 まるで急き立てるようなその声に、ケビンは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、何か喚きながら走り出す。
 ライフルを構え、喚きながら泣きながら、攻撃をした。銃弾を放った途端、腐りかけていた腕が、根元から落ちる。
 その次の瞬間、魔物の口が大きく開いて、突然こちらに飛びかかってきた魔物が、ケビンに食らい付いた。
 体中に牙が食い込み、耐え難い痛みが走る。目の前が真っ赤になった。身体の内側から、
 骨や内臓が破壊されていく音が響いてくる。

「ああ――っ! 痛い! 痛い!」

 恐怖と苦痛に歪む顔を仲間へ向ければ、彼らは一斉にこちらに銃口を向けていた。
彼らは、自分の死を望んでいる。

 ケビンが最期に映した景色は、夥しい銃弾の雨だった。

 やがて、黒い塵の中から、拳大程の結晶が現れた。
 そして、横たわっているのは恐怖と絶望に染まった、ケビン・メイシーの亡骸だった。

「ありがとう、メイシー」
「おまえのお陰で、今日も皆無事に帰れる」
「おまえの功績、立派な働きに、感謝する」
「だから、安心して安らかに眠れ」

 彼を取り囲み、男達はケビンの冥福を祈り、黙祷を捧げた。そして、そっと口を開く。

「おやすみ、ケビン・メイシー」

 雨粒がケビンの顔を打ち、頬を伝って流れ落ちた。

 雨は、まだ止まない。



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