03
『 暗い夜空にはお月様が浮かんでいて、その光が地上に差し込んでいます。
そこにあの黒い大蛇がいました。お姫様はほっとして、大蛇に駆け寄ろうとしました。
しかし、お姫様の目の前で、大蛇の姿がゆっくりと変わり始めました。静謐な光を浴びて、
大蛇はみるみるうちに、いつも助けてくれる騎士へと姿を変えていきます。いつも暗がりで分からなかったのですが、
騎士は黒檀のような髪をしていました。驚いたようにこちらを見つめる目は、まるで宝石のような碧に染まっています。
目を丸くするお姫様に、騎士は自分のことを語りました。その騎士は昔、その強さと名声で、
王国民に慕われていたそうです。しかし、ある時。身に覚えのない罪により国を追われ、
追い出される際、悪い魔法使いに、日の出から日没まで大蛇になる呪いを掛けられたのだそうです。
「あなたの呪いを解く方法は無いの?」
お姫様が尋ねると、騎士は答えました。
「呪いを解くには、呪いを掛けた魔法使いに、解いて貰わなければなりません。
その魔法使いは今も恐らく、私の育った国にいるでしょう。けれども、その魔法使いはとても意地悪で、
我欲に塗れていますから、解いてはもらえませんよ」
騎士の秘密を知ったお姫様は、助けてくれたその恩を返す為。騎士を助けたいと、心から思いました。
そして、その強い願いに動かされた騎士も、お姫様と共に故郷へ向かいます。
森を抜けて山を超え、川を渡り、ようやく騎士の国に着きました。
人を尋ね歩き、お姫様と大蛇はようやく魔法使いに出会います。それは鷲鼻で腰の曲がった、
醜い小男でした。ボロボロのローブを纏った魔法使いは、意地悪な笑顔を浮かべます。
大蛇の呪いを解く為に、お姫様は魔法使いの家の召使いになることになりました。
陽が昇る前に起きて、埃だらけの家を掃除し、魔法使いの食事を作ります。冷たい水で汚い風呂を磨き、
家の周りに生えるトゲだらけの草を引き抜きます。髪は埃に塗れてくすんでいき、冷たい水やトゲを触る手は、
あかぎれや切り傷で、ボロボロになっていきました。大蛇は傷によく効く薬草を集めては、
お姫様の手を毎晩手当していました。
ある時。一向に呪いを解こうとする気配の無い魔法使いに、お姫様が尋ねました。
「いつ、呪いを解いてくれるの?」
すると、魔法使いは答えました。
「綺麗な髪を、手に入れたらね」
その夜、お姫様は丹念に入念に髪を洗いました。けれども、幾ら洗っても髪はくすんだままです。
お姫様は悲しくなってきて、泣きそうになりました。すると、騎士が白い花束を持ってきて言いました。
「この花の油を使って洗いなさい」
言われた通り、花の油を使って髪を洗うと、くすんでいた髪は黄金に輝き、まるで金糸のような手触りになりました。
翌朝、魔法使いはお姫様の髪を欲しがりました。お姫様は迷うことなく、ナイフで髪を切り落とし、
魔法使いに渡します。魔法使いはたいそう喜びましたが、呪いを解いてはくれません。
「いつ、呪いを解いてくれるの?」
お姫様が尋ねると、魔法使いは答えました。
「銀の髪飾りが手に入ったらね」
そう言った魔法使いは、髪を売りに行く為に家を出ました。
お姫様は銀色の髪飾りを探しに行こうとします。
しかし、魔法使いに言いつけられた仕事が、たくさん残っていました。お姫様は大蛇に手伝ってもらいながら、
大急ぎで仕事を片付けると、町中を走り回り、銀の髪飾りを探しました。けれども、
何処を探しても銀の髪飾りは一つも見つかりません。
悲しい顔をするお姫様に、大蛇が言いました。
「私に任せて、あなたは家にお帰りなさい。あなたがいないことが知られたら、魔法使いが怒ってしまいます」
大蛇に言われて、大急ぎで家に戻ったお姫様は、魔法使いの夕食を作りました。
町中を奔走し、疲れて眠ってしまったお姫様は、翌日の朝。枕元に、銀の髪飾りが置かれていることに気付きます。
小さな部屋の隅で、見張りをするように起きていた大蛇に尋ねましたが、大蛇ははぐらかすように言いました。
「さあ、そろそろ行かなければ、魔法使いが怒ってしまいますよ」
お姫様は、急いで支度をしに向かいます。』
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