07


 ディックは魔剣を振って、そこに絡みついた鮮血や脂を払うと、静かに鞘に収めた。
 茂みをかき分けて、リアトリスのいる場所へと戻る。リアトリスは、落ちていたライフルに、
 損傷が無いか気にしながら、背負おうとしている所であった。

「あ、ディック」

 こちらに気付いたリアトリスが、駆け寄ってくる。そして、面目無いというように、苦い笑みを浮かべていた。

「助かったよ、ありがとう」
「いや。無事で良かったよ」

 頭を抑えながら言うリアトリスに対し、ディックが緩やかに首を振った。
 辺りはすっかり闇に覆われていた。しかし、差し込む月明かりから、ディックが返り血を浴びていることに、
 リアトリスは気付く。それを指摘すると、

「この付近に川があるから。そこで、簡単に洗い落としてから帰るよ」

 そう言って、苦い笑みを浮かべる。リアトリスも似たような笑みを浮かべた。

「そうだな。さすがにそのままじゃ、おばちゃんとおっちゃんが、腰を抜かしちまう」

 お互いに抑えた笑い声を上げてから、揃って人の気配を感じる方向へと、顔を向けた。
 暗がりで分かりにくいが、それは紛れもなくオボロだった。カンテラを手に立っている。
 その灯りが、ぼんやりとオボロのやつれた顔を照らしていた。

「おっちゃん!? なんだって、こんな所に……」

 周囲は生臭い血の匂いで溢れている。魔物が出た場所には、大抵町民は怯えて、
 近付こうとしない。それに、カンテラがあるとはいえ、夜で足場も見え難いこの場所に、
 軽装でやってきたオボロが、不思議に思えた。
 驚くのはリアトリスだけではない。ディックも左目を丸くしていた。

「いや、なかなか二人が帰ってこないからね。どうしたのかなって、心配になってね」

 そう言いながら、オボロは目を見開いた。そして、また目を細めた。

「そうか、そうか。おまえさん達、仕留めたか。お疲れ様。
あ、ディック。魔力結晶を……」

 皆まで言わないうちに、ディックは魔力結晶をオボロに手渡した。
 確かに、とオボロが両手で受け取る。そして、にっこりと微笑んだ。

「それじゃあ、これはまた、いつものように渡しておくから。まあ、二人とも無事で良かった。
早く町に戻って来なさい。皆、心配しているからね」

 オボロはそう言うと、一人で先々と山を降りていく。カンテラの明かりが、どんどんと遠ざかっていく。
 そこには、ディックとリアトリス、そしてアドルファスと呼ばれた大鬼《オグル》の斧だけが残った。

                   ◆

 ディックと話した通り、リアトリスはギルクォードに先に戻ってきた。
 頭を強く打ったので、一応診てもらおうと、ソルベというこの町の医者に会いに来ている。
 診療時間はとっくに過ぎていたのだが、事情を分かっていたのか、すぐに招き入れられる。

「たんこぶ出来とるなあ。まあ、たんこぶで済んで良かったな」

 リアトリスの頭に包帯を巻きながら、ソルベは言った。もともと違う土地で生まれ育ったのだが、
 かれこれ四十年この町で医者として働いているらしい。四十年もギルクォードにいるとのことだが、
 まだまだ言葉が酷く訛っているので、時々言っていることが分からない時がある。

「わりゃあ石頭じゃのう。まあ、にがむ時にゃあまたけえね」
「にがむ……って?」
「おれの生まれ故郷で言う、痛むって意味じゃけ」

 医療用の鋏と包帯を片付けながら、ソルベが呟く。

「しかし、最近へなげなことばっか起こりよるなあ。ディックが来てから、
こげなコトは殆ど無かったのに。あいや、とにかく、今日は一日安静にしんさい。
また、気分悪くなったら言いにおいで」

 ソルベの診療所を後にしたリアトリスは、入口の前でディックが背を向けて立っているのを見た。
 声を掛けると、「ああ」と振り向く。衣類は濡れていたが、血の跡は少しはマシになっている。

「大丈夫?」 

 そう尋ねてくるディックに、リアトリスは頷いた。

「ああ、石頭で良かったなってさ。まあ、しばらく様子見って感じ」
「そうか。イェーガーさん達も心配しているだろうし。帰ろうか」

 言葉を交わしながら、暗い夜道を並んで歩き、二人はアーリットを目指す。
 



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