06


 火花が飛び散り、硬い金属がぶつかり合うような、耳障りな音が響く。
 自身と斧の間に、割り込むように差し込まれたのは、目を引く程の赤い剣だ。
 リアトリスは、何度か瞬きをして、見覚えのある剣の持ち主を探す。

 どこにそんな力があるのか。ディックは片手だけで構えた剣で、大鬼オグルの斧を防いでいる。
 這うくらいには、動けるようになったリアトリスは、ディックが攻撃を防いでいる間に、
 大鬼オグルから距離を取った。
 ディックは力任せに、大鬼オグルを押し弾いた。それから、充分に距離を取る。

「あんた、なんで此処に……?」
「オボロさんから、ちょっと見てきてくれってね。頼まれたから」

 オボロの名前に、リアトリスは首を傾げたが、

「それで、あいつは?この辺りじゃあ、見かけない魔物だけど」

 ディックの言葉に、リアトリスは一瞬浮かんだ疑問を何処かへ追いやってしまう。

「炭鉱夫のおっちゃん達が言ってた。突然現れたって。何しに来たのか分かんねえけど」

 二人の会話を耳にした大鬼オグルは、「おっ」と間抜けな声を出す。
 巨大な斧を構える手とは逆の手で、ぽりぽりと頭を掻いた。そして、「そうだった、そうだった」と、一人で納得する。
 その間抜けな声に、ディックとリアトリスは怪訝そうな表情を浮かべた。

「オレは、シェリーの傍にいる、混血ハーフブラッドを殺しに来たんだった」

 その言葉に、ディックが僅かに眉を潜める。

「はあ? ギルクォードは、あいつ以外は人間しかいねえぞ」

 リアトリスの言葉に、大鬼オグルは「いいや」と否定した。

「此処にいる筈だ。なにしろ、公爵様がそう言ったんだからな」

 向けられる殺意に、ディックが魔剣を構える。リアトリスはふと、肌を突き刺すような鋭い魔力を感じた。
 何処から漂っているのだろう。目の前の大鬼オグルのものとは、別のものだ。
 しかし、浮かび上がったその疑念は、

「そうだ、そうだ。そいつをぶっ殺しにきたんだった!」

 大鬼オグルの大声に掻き消された。
 巨大な斧を振り上げて、大鬼オグルが突進してくる。
 ディックはその斧の斬撃を、掻い潜って避けた。振り下ろされた斧の振動で、リアトリスがふらついている。
 ディックは斧の斬撃を避け、振り向くと同時に魔剣でその足を貫いた。分厚く硬いと評された、
 大鬼オグルの皮膚が、いとも簡単に貫かれてしまう。
 バランスを崩したところで、ディックはその大きな背中に肘打ちをかます。その勢いに、
 転倒してしまった大鬼オグルの足を踏みつけて、ディックが魔剣を引き抜くと、
 真っ赤な血が間欠泉のように溢れ出した。

 大鬼オグルの鳶色の目が、驚いたようにディックを見る。
 魔剣を振れば、絡み付いていた鮮血が、暗い地面に飛び散った。

「俺を殺すとか、どの口が言ってるの」

 冷え切った声はとても小さく、リアトリスには聞こえない。けれども、大鬼オグルにはしっかりと届いていた。
 わなわなとその顔が震え始めている。手を伸ばし、転がった斧を掴み、立ち上がりながら、大鬼オグルが口を開いた。

「テメェ……っ」

 しかし、皆まで言わぬうちに、ディックの突き出した魔剣が、その口の中に突っ込まれた。
 中腰のまま、呻く大鬼オグルの口から、赤黒い血が溢れ出してくる。
 ディックはその柄頭を左手で支えながら、ゆっくりと押し込んでいく。その状態でも、目を真っ赤にさせながら、
 大鬼オグルは斧を振り上げる。その動きを、ディックは翡翠色の目で見つめた。

「俺が来た時にそうだと気付かないなら、俺は殺せないよ」

 なんてこともなく、ディックは口に魔剣を入れたまま、横へと斬り払った。
 大鬼オグルの口を斬り裂いた次には、間髪入れずに、振り上げられた斧を持つ両腕を、斬り落とす。
 斧が鈍い音を立てて、脇へと転がっていく。血の尾を引きながら、両腕が斧を掴んだ状態で、一緒に転がった。

――なんだ、この状況は……

 アドルファスが、ゆっくりと視線を動かして、切り落とされた腕の行方を追いかける。
 再び視線を前に向ければ、混血ハーフブラッドが右足を浮かしていた。
 胸部を蹴りつけてきた。自分よりもずっとずっと細い、その足の何処に、そんな力があるのか。
 四メートルの身長を誇る自分を、あっさりと蹴り飛ばす。茂みを突き切って、木々にぶつかったアドルファスは、
 呻き声を上げた。凄まじい殺気を感じて目を開けば、剣を突き出した混血ハーフブラッドが、こちらに向かっている。
 防ぐ為の両腕はない。口と頬を切断さえされなければ、牙さえ失わなければ、まだ勝機はあった筈だ。

――相手は、混血ハーフブラッドだろ。純潔の魔物である俺が、
負けそうになっているだと? なんでだ、なんで俺が負けそうになってんだよ!!

 暗闇の中でも、混血ハーフブラッドの構える剣は、やけに美しく輝いていた。
 血潮のような赤い刀身が、眼前に迫る。

「公爵様ぁぁ!!」

 鼻息荒く威嚇するように、吠え立てる大鬼オグルの首を、ディックは躊躇なく切り落とした。
 胴体から離れた大鬼オグルの首が、ゴロゴロと足元に転がってくる。
 その瞼が痙攣したように瞬きを繰り返し、唇が小刻みに震えていた。
 が、ディックが魔力結晶を完全に首から引き千切ったことで、大鬼オグルは黒い塵となって、霧散していった。



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