05


 リアトリスは息を飲み込んだ。逃亡の体制を整える為に、身体を浮かす。

――この煙幕で、おいらの居場所が分かんのか!?

 周囲が見え難いこの状況では、リアトリスの方が不利であった。
 リアトリスは視界と聴覚に神経を研ぎ澄ませ、戦闘に身を投じる。しかし、どうしたって人間である以上、
 どちらかを塞がれてしまえば、命取りだ。

 振り上げた大きな斧を、大鬼オグルは力一杯、地面に叩き付けた。
 その衝撃に、立ち上がっていたリアトリスは、思わずふらついてしまう。そこに大鬼オグルが、再び斧を振り翳した。
 リアトリスが防具として身に纏う鎧では、その斧の衝撃も斬撃も防げない。左腕には鎌を出しているが、
 この小さく細い刃物では、巨大な斧は防げない。

――こうなったら……

 リアトリスは鞄に手を突っ込むと、そこから一つの手榴弾を取り出した。
 この暗闇の中で使えば、自分自身も目をやられてしまう可能性がある。戦闘時に目を閉じるのは、
 タイミングを誤れば命を落としかねない、非常に危険な行為だ。けれども、今取れる術はこれしか無い。

 ピンを外して、リアトリスは今まさに振り下ろされる斧に向けて、その手榴弾をぶつけた。
 手を離れてすぐに目を閉じて、リアトリスは念の為に、両手で目を塞ぎながら、感覚だけで後退した。
 それでも、瞼の裏が真っ白だ。

「ぐわああ!!」

 大鬼オグルの悲鳴が、夜の帳に響く。
 リアトリスはゆっくりと目を開けた。じたばたと動き回りながら、大鬼オグルが両目を両手で覆っている。
 その大鬼大鬼オグルから、少し離れた場所にライフルが転がっていた。
 どうにかして、あれを取り戻したい。けれども、今無用心に近付くのは危険だった。

――一旦、体制を整える為にこの場を離れて……

 一瞬そんな考えが過ぎったが、この大鬼オグルがこのまま、此処にいるとは限らない。
 落とし前を付けようと、ギルクォードの町まで降りてくるかもしれない。リアトリスは茂みの中へと、
 そっと身を下ろす。手榴弾を投げ続けても、ダメージを蓄積させるには、まだ時間が掛かりそうだ。
 しかし、膝を着かせる程に数は無い。

「畜生、畜生!」

 地団駄を踏むたびに、地面が揺れる。
 そうするうちに視界が戻ったのか、頭を振った大鬼オグルは辺りを見渡し始めた。
 自分を探しているのだと、リアトリスはすぐに分かった。このまま居場所を勘付かれないように、
 リアトリスは息を潜め、姿勢を低くする。一歩ずつ後退する。

 落ちていた枝を踏んだ。

 思わず背筋が凍った。微かな音だったが、魔物の耳にはきちんと届く大きさだ。

「ぞごにいやがるな!?」

 闘牛のように向かってきた大鬼オグルの腕から逃れようと、リアトリスは駆け出した。
 しかし、風のような唸りを上げて、迫ってきた大きな手は、迷うことなくリアトリスの足を掴み上げた。
 宙にぶら下がり、リアトリスはその豪腕によりって、凄まじい速さで投げ飛ばされた。
 太い木の幹に、頭から強かに打ち付けられる。

 頭から激突したリアトリスは、小さく呻いた。立ち上がろうとする意思に反して、体が思うように動かない。
 視界で光が点滅し、酷く歪んでいる。そのぼやける視界でも、あの大鬼オグルが向かってくるのが見えた。
 なんとかしなければ……、なんとかしなければやられる。そう思っても動けない。
 斧が振り上げられる。

――やられる……!

 巨大な斧が風を斬り、その刃が近付いてきた。



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