04


 しかし、斬った感触が無く、アドルファスは鬱陶しそうに地団駄を踏んだ。

「ちょこまかと動きやがって!」

 大きく開いたアドルファスの口の中に、何かが飛び込んでくる。「んん?」と思った次には、
 またしても爆発が起こった。

「あああああ!!」

 斧をその場に取り落として、アドルファスは両手で口を覆う。その赤みがかった指の隙間からは、
 黒い煙が湯気のように立ち上った。真っ赤な血液が、夥しい量で溢れ出してくる。
 中の牙や歯が全て砕け、舌が焼かれてしまう。酷い傷みと熱が、口の中一杯に広がっていた。

「ぐっ、ぐぞがああ!」

 目を真っ赤にさせたアドルファスは、取り落とした斧を拾い上げると、爆弾が飛んできた箇所へと振り下ろした。
 大きな斧を無茶苦茶に振り回し、岩を粉砕し、草を刈り取り、そうして焙り出したのは小柄な人間の少年だった。
 簡易的な鎧に身を包み、ライフルを手に持っている。

――こんなチビ一人だけか?

 そう思ったアドルファスは、唇を大きく歪めた。

「ちょごまがど逃げやがっで。だっぷりど礼をじでやるがら、覚悟じろよ!」

 闘牛のような勢いで、斧を振り回しながら走り出した。
 そんな大鬼オグルから距離を取るように、駆け出したリアトリスは周囲を見渡す。
 大鬼オグルと一対一で戦うのは、これが初めてであった。
 想像以上にタフな魔物だ。あれだけの爆弾を浴びても、まだピンピンしている。

「うわっ!」

 頭上に振り翳された斧を、身を捻って避ける。巨大な斧が直撃した影響で、軽く揺れた地面に足を取られ、
 リアトリスは少しよろけた。その隙を突くように、大鬼オグルが再び斧を振り下ろす。

「――っ!」

 姿勢を仰け反らせたリアトリスに、大きな拳が近付いてきた。リアトリスは一旦ライフルを宙へと放り投げ、
 体を後ろ向きに回転させる。その最中に、手を伸ばして砂を掴んだ。そして、器用に身体を捻って、
 大鬼オグルの拳を避けることに成功する。
 その叩きつけられた拳で生まれた、風圧に飛ばされそうになったが、リアトリスは手に握った一掴みの砂を、
 大鬼オグルの顔に向けて投げつけた。細かい砂粒が大きな目に入り込み、
 大鬼オグルは喚きながら頭を振る。その間にリアトリスは、
 降ってきたライフルを掴み、瞬時に発砲した。弾は大鬼オグルの腕に埋まる。

――この至近距離でも、貫通出来ねえのか。

 リアトリスは舌打ちをした。補充しなければ、もう弾が無い。

「ごの野郎!!」

 振り下ろされた斧を跳んで避け、リアトリスは斧を掴む大鬼オグルの腕に飛び移る。
 丸太のような腕を駆け上がりながら、左腕に力を込めた。バネを利用して、内蔵されていた鎌が姿を見せる。
 リアトリスは拳を握りながら、大鬼オグルの顔を、その鎌で切りつけた。

「今、引っ掻いだが?」

 怪訝そうな表情を浮かべる大鬼オグルを見て、リアトリスは顔を顰めた。
 頬には、小さな掠り傷しか付いていない。リアトリスに、大きな拳が近付いてきた。
 その豪腕で殴られると思ったが、リアトリスは腕を掴まれて、勢い良く持ち上げられた。
 その弾みに、ライフルを取り落としてしまう。乾いた音を立てて、ライフルが地に落ちたのを見て、大鬼オグルは唇を歪めた。

「ごのまま、バラバラにじでやる」

 リアトリスは手を伸ばし、右足のホルスターに仕舞っていた拳銃を抜いた。その銃口を、大鬼オグルに向けると、引き金を引いた。
 飛んでくる灼熱の弾丸に、大鬼《オグル》は悲鳴を上げて、リアトリスを放り投げた。

――狙いを外した!

 体格や力に差のある魔物と交戦する場合。それも大勢ではなく、個人で相手にする場合。
 魔力結晶の在り処など分からないので、大抵急所と思われる場所を狙う。
 足を潰せば、ある程度動きを封じることが出来る。武器を持つ魔物であるなら、腕を潰せば良い。
 それでも倒れない場合、視覚を封じるのも一つだ。

 しかし、リアトリスの放った銃弾は僅かに逸れ、大鬼オグルの瞼を掠っただけだった。
 落下したリアトリスは、身体を回転させることで、地面との衝撃を和らげる。そのまま、
 身軽に大鬼オグルとの距離を取り、リアトリスは腰に備え付けた鞄に手を突っ込んだ。
 取り出した手榴弾のピンを外し、大鬼オグルの足元へと投げつける。
 地面に当たった途端、手榴弾は爆発し、足場を大きく崩した。その爆風と、それに伴って、
 巻き上がった砂煙に紛れ、リアトリスは坑道の入口へと向かう。
 大きく崩れ、入口を塞いだ岩の陰に身を潜めた。空はすっかり陽が沈み、藍色に染まっている。
 その所為で、辺りが見え難い。

――ライフルが手元にねえ。拳銃だけじゃ、致命傷を与えるのは難しい。
ライフルよりも高威力な爆弾は幾つかあるけど、あの硬い皮膚相手じゃあ気休めにしかならねえな。

 地面が揺れる。岩陰からそっと覗けば、大鬼オグルの巨腕が、立ち込める砂煙の中から突き出された。
 続いて、その全貌を現した。地面を揺らしながら、大鬼オグルがこちらに向かってくる。



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