03


 ある程度考えを固めたリアトリスは、物音を立てないように、静かに立ち上がる。
 来た道をそろそろと慎重に戻り、手早く準備を進めた。幸いこの坑道はもう使っていないという。
 リアトリスは十分足らずで、すべての準備を整えた。魔物討伐は、一分一秒を争う。
 魔物ハンターの組織を離れてだいぶ経つが、腕は落ちていない。

――よし。

 リアトリスは再び坑道の中へと駆け戻る。先程の場所へ向かえば、大鬼オグルはまだそこにいた。
 うろうろと歩いている。時折、「うーん」と唸っていて、何か考えているようだ。
 リアトリスは、左腕を持ち上げると、ぐっと拳を強く握った。その僅かな筋肉の動きを感知して、
 アームカバーが外れ、バネの力を利用して、内側から鎌が飛び出してくる。カンテラの薄暗い光を浴びて、
 その刃は冷たく輝いた。その鎌の刃は、リアトリスの青い瞳を静かに照らす。
 そして、リアトリスはその刃を右腕に当てると、小さく斬り付けた。

 腕に鋭い痛みが走り、見る見るうちに赤く滲んでいく。リアトリスは、そっと大鬼大鬼オグルの様子を伺った。
 案の定、動きを止めた大鬼オグルが、すんすんと周囲の臭いを嗅いでいる。
 リアトリスはそっと立ち上がり、走り出した。切りつけた場所が、じわじわと熱を帯びていくのが分かる。
 生暖かい血が流れ出るのを感じて、深く切り過ぎたかと反省した。

 少しして、地面が揺れる程の振動と足音が聞こえてきた。リアトリスは、走る速度を更に上げる。
 追いつかれる前に、この坑道から抜け出さなければならない。出口付近に引いた糸を飛び越えて、
 リアトリスは出口から飛び出すと、離れた茂みの中に身を潜めた。白い布を傷口に巻きながら、息を殺して大鬼オグルが出てくるのを待つ。
 ものの数秒で、大鬼オグルの姿が見えた。そして、同時に引いていた糸に引っかかる。

――しめた!

 リアトリスは両耳を塞ぐ。
 その次の瞬間、地を揺らす程の爆発が起こった。何度も大きな火柱が上がり、岩が崩れ、
 リアトリスの隠れる茂みにも、爆風に飛ばされた石が飛んでくる。それからもう数秒待ってから、
 リアトリスはそっと顔を出した。坑道の入口は、大きな岩に塞がれていて、立ち入りが出来ないようになっている。
 しかし、リアトリスはこれで死ぬとは思っていない。相手は大鬼オグルなのだ。
 岩の崩落程度では、命は奪えないだろう。しかし、多少痛手を負わせられた筈だ。
 次に岩から出てきた瞬間に備え、リアトリスはライフルの銃口を茂みから突き出す。
 引き金に指を掛け、いつでも発砲出来る状態に入る。小さな石が崩れたのを見て、
 リアトリスは更に意識を引き金に集中させた。

「うおおおおお!!」

 地を揺らすような、大きく咆哮を上げながら、重たい岩石をも軽々と撥ね退けて、
 大鬼オグルがその姿を現した。その瞬間を見計らい、リアトリスは大鬼オグルの額に銃弾を叩き込む。
 しかし、その分厚い皮膚に阻まれて、貫通することは出来なかった。銃弾は額にめり込んだまま、動かない。

「んん?」

 大鬼オグル――アドルファスは周囲を見渡した。
 先程の爆発といい、誰かが自分を狙っていることは、明白であった。こそこそと隠れて攻撃をしかける、
 その姑息なやり口が気に入らない。アフドルファスは額に滲んだ血を拭うと、苛々した様子で、大きな声で吠え立てる。

「出てきやがれコラァ! コソコソと隠れやがって!」

 爆風と焦げ臭い臭いに邪魔されて、最初に嗅ぎ取った血の匂いが分からない。
 そもそも彼は、あの戦狼ワーウルフや吸血鬼と比べ、嗅覚は劣っている。人よりも少し良い程度だった。
 アドルファスは威嚇として、斧を思い切り叩きつけた。地面が揺れて、罅が入ったが、それ以外に何の反応もなく、
 アドルファスは更に苛々した顔をする。

 のっしのっしと熊のように歩き出して、アドルファスは手当たり次第に、視界に入る建造物やトロッコ、
 山のように積まれた鉱石を、斧で破壊していく。更に一歩足を踏み出した途端、そこでも大きな爆発が起きた。

「ぬおおお!!」

 その衝撃から、アドルファスは前のめりに倒れ込んだ。悪態を吐きながら、立ち上がろうとするその両足に、
 どこからか飛んでくる銃弾が、雨のように降り注いだ。喚きながら、アドルファスは鳶色の目で、周囲を見渡す。
 茂みが次々と揺れていくのを見て、アドルファスは大きな足音を立てながら、茂みへと駆け寄った。

「そこかあああ!」

 大声を上げながら、両手で振り上げた大きな斧を茂みへと振り落とす。
 小枝や草、葉が辺りに撒き散らされていった。振り下ろしたばかりの斧を、軽々と持ち上げたアドルファスは、
 そこに何もいないことに気付く。不愉快そうに顔を顰めた。その次には、再び銃弾が打ち込まれた。
 腕や腹部に弾が埋まり、そこから静かに血が流れ出していく。アドルファスの赤みがかった肌は、
 その流れる血に彩られて、更に赤みが増していた。

「どこだ! どこから撃ってやがる!?」

 ギョロギョロと動かしていたアドルファスの目に、きらりと光ったものが見えた。
 枯れ色の茂みから、夕陽に照らされ、黒光りする銃口が見えている。
 アドルファスは、ニィッと恐ろしい笑みを唇に描いた。再生力を持ち合わせていないので、
 足の傷が痛むものの、なんとか立ち上がって、アドルファスは斧を振り上げ、凄まじい勢いでその茂みに突進した。

「そこかああ!!」

 銃口が引っ込むや否や、巨大な斧がその茂みに叩き付けられた。



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