04
彼女の紅茶色の瞳が、徐々に赤く染まっていく。
その長い濃紫色の髪は艶やかに靡いており、唇は薔薇を差したように鮮やかに赤く、
頬はふっくらとしていて、愛らしい容姿をしていた。けれどもその赤い瞳は、
何かを見透かそうとする様に、こちらの心を不安にさせる。
その視線から逃れるように、ディックはアベリーに向けて斬りかかった。剣とアベリーの隙間に、
入り込んできたのはノースだ。口を大きく開き、魔剣に噛み付いて食い止める。唸り声を上げていた。
力任せに薙ぎ払うと、ノースは地面を転がった。しかし、すぐに起き上がると、
牙を剥き出しながら、低い声で唸り声を上げる。
「ノース、待ちなさい」
と、アベリーはノースに近付き、その顔に触れた。すると、彼を縛り上げていた鎖から黒い光が放たれ、
それは新たに轡の形へと変わり、ノースの口元を覆った。眉を潜め、煩わしそうに顔を振り、
唸るノースを見て、アベリーが諭すように言う。
「ごめんね、ノース。でも、あなたそうでもしなきゃ、手加減してあげられないでしょ」
手加減、という言葉を聞いて、ディックは僅かに眉を潜めた。
随分と、舐められているように思えた。けれども、煽るような言葉は口に出さない。
『それがどんなに、弱そうな魔物でも侮るな。あたしは魔将だから、負けることはない。だが、おまえは違う』
シェリーに教わった言葉は、ディックの中にいつでも蘇る。
おまえは違う。その言葉は、いつでもディックの心で息づいている。
轡を外すことを諦めたのか、ノースは姿勢を低くしながらこちらを睨みつけてきた。
臨戦体制を取っていることは、見て分かる。ディックは魔剣を構えた。低い姿勢を保ち、
琥珀色の瞳でこちらを睨みつけていたノースが、突然こちらに駆け出してきた。
鎖を引き摺る音を立てながら、向かってくるその攻撃を、ディックは容易に避けられる。
鎖に邪魔をされ、俊敏に動くことが出来ないらしい。
抗議するように吠えるノースを見ても、アベリーは何もしなかった。
両手を後ろで組み、
「いいのよ、ノース。そのままでいいの」
そう言いながら、無邪気な笑顔を浮かべているだけだ。その笑顔を見たノースは、
再びディックへと飛びかかる。アベリーは頷いた。
――そうよ。そのまま、誘導してくれたらいいの。
飛びかかってくるノースを避けて、ディックは魔剣でノースを払いのける。
鋭い爪を地面に突き立て、爪痕を残しながら、ノースは腐敗した遺体の手前で止まった。
そして、鼻面に皺を寄せて、牙を剥いた。琥珀色の瞳は爛々と光り、地面を強く蹴り上げて、
こちらへと飛びかかってきた。ディックは魔剣に魔力を纏わせる。ぼんやりと、赤い光が刀身を包み込んだ。
「血石の槍《ブラッディスピネル》」
槍を象った赤い光が、剣から放たれ、雨のようにノースに降り注ぐ。
くぐもった声を上げて、ノースがその攻撃を耐えていた。轡の中で牙を剥き出すノースを、
ディックは剣で応戦する。飛びかかってきたのを剣で防いだ。頭上に構えた剣の上に飛び乗ったノースは、
忌々しそうに剣を蹴飛ばして、アベリーのもとへと戻っていく。そして、そこから再び突進してきた。
身を翻して、その猛進を避けたディックは、とある位置に足を着く。
アベリーが目を丸くして、笑みを浮かべた。
そして、ディックが剣の魔法を放とうとした時。
目の前で強い光が何度か点滅した。続いて、視界がぐにゃりと歪み出す。
――なんだ?
視界の中に映る、ノースとアベリーの姿が、抽象的な絵画のように歪んでいった。
アベリーの紅茶色の瞳が、赤い光を宿しているのが、辛うじて見えた。
物悲しい旋律を奏でる、美しい歌声が頭の中に響いてくる。
急速に体の力が抜けていく。魔剣を支えに、何とか立っていようとするが、そのままずるずると座り込んでしまった。
目の前がチカチカと点滅する。目を開けていられない。今にも閉じてしまいそうな瞼を、
ディックは辛うじて開いていた。翡翠色の瞳で、アベリーを睨む。その歌声はアベリーのものだ。
歌声が徐々に力を奪っていく。徐々に視界が狭まっていく。
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