09


 後ろから、あのカラカラカラという音が付いてきた。
 あの何とも言えない、叫びのような鳴き声を上げて、追いかけてくる。
 息を切らして走り続け、何度も振り返って魔物との距離を測った。

――お父さん、お父さん! 助けて! 助けて、お父さん!

 振り向くたび、魔物との距離が縮まっていく。後ろばかりを見ていたリタは、
 足がもつれてその場に派手に転んだ。腕を擦り剥いて、膝を地面に強打する。そのまま、
 滑るように転倒したリタに、容赦無く魔物達が襲いかかってきた。涙の浮かんだ目を閉じて、
 リタは襲いかかる痛みに備える。自分の身勝手な行動が招いた結果に、リタは涙を零した。

――お兄ちゃん!

 そこで、激しい音が響き渡り、リタの周囲にたくさんの物が落ちてくる。
 小さな何かが、幾つか身体に当たった。

「立てるか?」

 聴き覚えのある声に、そっと目を開ければ、そこにはあの青年が立っていた。
 昨日は被っていたフードと、薄暗い部屋の所為で分からなかったが、赤い髪をしている。
 見知った顔を見て、リタは顔を大きく歪めた。

「大丈夫か?」

 もう一度尋ねたディックに、リタは激しく泣きじゃくりながら飛びついてくる。
 安堵から涕泣していた。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃ」

 嗚咽とともに、何度か嘔吐きながらそう言うリタから、ディックは視線を外す。
 振り向いた。先程切り裂いた魔物達は、再び立ち上がっている。崩れた部分を補うように、
 側にいた魔物同士身体をくっつけて、新しい一匹として立ち上がった。その様子を見て、
 リタが小さく息を飲む。

「た、倒してないの……?」
「君、走れるか?」

 そう尋ねると、リタは首を横に振った。足首を抑える。

「崖から落ちたときに、捻っちゃったの」
「なら、やむを得ないね」

 ディックは魔剣を鞘に収め、リタを背負うと走り出した。その足の速さに驚きながら、
 リタは背後から迫ってくる魔物を見て、また悲鳴を上げる。ビリビリと突き刺すような痛みは、増していく。

 ディックは急速に左手に曲がり、聳える大木を見つけた。
 その大木には、小さな子供程度ならば収まる程の洞が開いている。
 ディックはその場にしゃがみ、リタを下ろした。

「すぐ終わらせるから、此処に隠れていろ」
「うん」

 素直に頷いたリタは、捻った足を庇うようにして、洞の中に入り込む。
 ディックは再び魔剣を引き抜いた。鳥の骸の姿をした魔物が、何十匹と周囲を取り囲む。
 木々に止まる魔物、土の上で鳴く者。皆一様に、赤い炎を眼窩に宿していた。

「数だけ多くて、面倒だな」

 ディックは魔剣を構えた。切り捨てた所で、再生するのは目に見えている。
 彼らが再生するのは、魔力結晶の力だろう。スゥッとディックは翡翠色の眼で、魔物達を見据えた。
 シェリーのように、見ただけで魔力結晶の在り処は、ディックには分からない。
 しかし、大抵の魔物は頭部に魔力結晶を持つ。そこになければ、心臓と同じ位置だ。
 そして、大概魔力結晶から引き剥がされれば、その部位は動かなくなる。

――先に、頭を潰すか。

 なので、いつもディックは、まず頭部への攻撃から始めるのだ。



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