08
リタはそのアルス山にいた。山菜の入った籠を抱えて、岩の上に座り込んでいる。
頭上を見れば、自分の落ちてきた崖が見えた。そんなに高くない崖だったので、
命に関わる程の事故にはならなかったが、膝を擦りむき、足首を捻ってしまった。
持っていたハンカチで縛っていたが、痛みは引かない。
「ふう」
何度目かも分からない溜息を吐いた。客人の青年に、昨晩は酷い出来栄えのものを出してしまった。
その弁解の為に、今日は美味しい物を作ろうと思った。けれども、理由はそれだけではない。
誰もが笑うような夢を、彼だけは笑うこともなく、「叶うといいね」と背中を押してくれたのだ。
そのことが、とても嬉しかった。分からず屋の父に反発して、山に登ったはいいが、
突然襲いかかってきた魔物から逃げるうち、崖から落ちてしまったのだ。
それに、さっきから空気が酷く重たい。
「どうしよう」
足が痛い。そうでなくても、子供の自分ではこの崖を登っては行けない。
「お父さん、怒るだろうなあ」
そう呟く。溜息を吐いたとき、リタは近くの草むらが揺れる音を聞いた。振り向く。
草むらが激しく揺れていた。魔物かもしれない。そう思ったリタは、固唾を飲んで草むらを凝視する。
やがて、飛び出して来たのは、骨で出来た鳥だった。その眼窩の奥から青白い炎が見える。
歩く度に、カラカラという寂しげな音が鳴り響いた。リタはすぐにその魔物が、
追いかけてきた魔物と同種であることに気付いた。
「あ、あっち行ってよ!」
と、叫べば、鳥の骸はリタに気付いたようで、一目散にこちらに向かって来る。
息を飲んだリタは、ポケットに入っていたマッチを擦って、罅は入っていたが、
辛うじて破損していないランタンに火を灯した。そして、
「あっち行ってってば!」
そう叫びながら、鳥の骸に向けてランタンを投げつけた。がちゃん、とケースが壊れて、
火が骸に燃え移る。甲高い声で叫びながら、気が狂ったように、或いはのたうち回るように、
その場を転がりだした躯を見て、リタは思わず後ずさりした。
《ギェエエエエ!!》
そう叫んでいるものの、鳥の骸はこちらに襲って来る様子がない。
息を止めて身を固めていたリタの前で、やがてその魔物は火を纏ったまま来た道を駆け戻り始めた。
それでも、いつまでもあの叫び声が聞こえてくる。ランタンが無くなってしまったので、
次に魔物が現れた時にはどうにかする術がない。一応、山菜を採る為に使った鎌はあるが、
これで戦うことは出来ない。何故なら魔物は怖いから。側に近付きたくないのだ。
此処を離れよう。そう思って立ち上がり、リタは籠を背負い、痛む足を引き摺りながら、岩から歩き出す。
その時、またあのカラカラカラという音が聞こえてきた。息を呑み、振り返ったリタの眼前に飛び出してきたのは、
あの鳥の骸だ。それも、一匹ではない。何十匹という骸が群れを成して、こちらに向かってくる。
眼窩の奥にあった、あの青白い炎が今度は赤く燃えている。
「ひぃっ!」
小さな悲鳴を上げて、リタは足の痛みも忘れて走り出した。
[ 72/115 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]